リンクの上にはたくさんの人がいて、僕はその中をゆっくりと滑る。

本格的にアイススケートをしている人は、練習着が一般の人とは違うから、すぐにわかる。

そういう人は、まだ人が多いから、ジャンプの練習ができないのでリングサイドの席で談笑している。


僕はなかなか、ああいう輪の中に入ることができない。

ここに通ってもう5年になるけど、ここに来て三ヶ月の子の方が、僕よりも随分となじんでいるように見える。

でも僕はこの立ち位置でもいいと思ってる。
誰にも話しかけられないから、練習に集中できるし。


……でも欲を言うなら、一人くらいは仲間が欲しいと思ったりすることもあるよ。



リンクサイドに降りて柔軟を始める。

体が少しあったまってからの方がやる気が出る気がして。

僕がリンクサイドに行くと、さっきまで話してたスケーターの子たちが、ちらりと僕を見てからリンクに入った。

…別に、彼らに悪気がないことはわかってる。

でもなんだか心は痛い、よね。




午後になると、いったん昼食で人が少なくなる。

その隙に、リンクは本格的にスケートをしている子たちのジャンプ練習の時間に変わる。

僕もその中に入って、いつものようにジャンプを練習し始めた。


トリプルアクセル、何度も飛ぶけど、やっぱり着氷の時崩れる。

ダブルアクセルはしっかり飛べるのに、3回転になった途端に、ジャンプは魔の顔を見せ始めた。


僕の隣をスーッと滑って行った男子が、トリプルアクセルを決めた。

何事もなかったかのように、簡単に。


ああ、神様って、残酷だなぁ。


僕の方が彼より長くやってるのに。

彼よりきっと、何回も多く飛んだのに……。



だめだ、今日は泣いてしまう日なのかな。

涙で視界がぼやけるけど、手で拭って無かったことにした。


クリアになった視界で上を見ると、リンクの観覧席に、綺麗な男性がいた。


「あ、あの人だ…!なんでこんなところに……」


今朝ホテルで会って、僕のケータイを取り上げた(届けてくれた?)張本人。

名前はたぶん……イトウさん、って言うんだろうな。


彼はリンクの中の選手たちをくまなく見渡して、何かを手元の手帳に書き込んでいる。

そしてまた選手たちを見ては、書き込む。


一体、なんの職業の人なんだろうか……?



その時、イトウさんと目があった。


あ、どうしよ……


僕のそんな思いは知らないみたいに、イトウさんはまた何かを書き始める。


なんでかわからないけど、僕はあの人に縁があるみたいだ。

だけど、なにをしてる人なのか、どんな人なのかハッキリしない人がそばに居るのは、なんだか居心地悪い。


一緒の布団で寝た仲なんだ。

この際なにか、ハッキリさせておかなければいけない気がした。


僕はリンクサイドから、二階の観覧席に上がった。