「………ん、……?」

寝起きでだるい体をゆっくりと持ち上げる。
カーテンからはさんさんと朝日が差し込んでいる。

僕は、自分が完全に寝坊していたのに気づいた。


「やばっ、今何時!?」

「朝10時半」


低いバリトンに、背筋が凍りつく。

ギギギ、と効果音がつきそうな感じで、首を回す。


「朝5時に起こされるなんて、被害届を出そうと思った」

「もしかして、アラーム……」

「あんなの止めるに決まってるだろ。締め切り明けで朝5時は考えられない」

「そんな……あっ、チェックアウトの時間が!」

「この部屋に泊まっていけばいい。疲れてるみたいだし」

「でも、スケートの練習行かないとなんです!11時にはお父さんが迎えに来るし、その前にフロントに行って鍵もらって、支度して行かないと!」

僕は男性の部屋から、野生のウサギみたいに飛び出した!



「すみません、鍵を室内に忘れてしまって。ええ、12階の理玖です。本当に、すいません……」

「いえ、隣の部屋の方は大丈夫でしたか?」

笑顔で鍵を渡してきたフロントマンに、僕は思い出して苦くなったが、笑って「何もなかったですよ」と返した。



自分の部屋に走っていって、スケートの練習着に着替えて、顔と髪を洗う。

寝巻きをバッグの中に畳んでしまえば、もう完成!あとはお父さんの迎えを待つだけになった。


しかし、ベッドに座った途端、部屋のベルが鳴った。

覗き穴から見ると、隣の部屋の男性が立っている。

「なんですか?」

部屋の中から話しかける。

「これ、忘れ物。ケータイ」


僕は渋々、ドアを開けた。


「……ありがとうございます」

「君さ、スケート、うまく行ってないの?」

その一言は、グサリ僕の心に刺さる。

「……うまくいってたら、泣いてないですよ。あんな場所で、一人で…」

「どうしてうまくいってないと思うの?」

「そんなこと、あなたには関係ないじゃないですか。早くスマホ返して……」


僕がスマホを男性の手から取ろうとすると、男性はひょいと、僕のスマホを高くまで持ち上げる。


「ねぇ、どうしてうまくいってないと思う?その理由を教えてくれたら、これ返す」

「変なことやめてください、ただ単に、僕に才能がないだけで……」

「本当に?ジャンプは確かにダメだけど、ダンスは?」


その言葉に僕は凍りついたように固まる。

「ねぇ、自分でもわかってるんじゃないの?ジャンプはダメでも、演技とダンスは……」

「……っ!」


僕は男性の手から無理やりにスマホを奪い返した。

「もう金輪際、僕に関わらないでください!!」


僕は扉を閉めた。

父親からの電話に出て、荷物を持ってホテルの部屋を出る頃には、もう男性の姿はどこにも無かった。