「千鶴」
呼ばれた瞬間、大袈裟なくらいにびっくりしてしまい、変な手の動かし方をしてしまった。
そのせいで鞄に入れようとしたノートと教科書を床にぶちまけてしまう。
近くの人が何事かとちらりと見ただけで済んだけれど、そんなに驚くわたしもわたしだ。
慌てて拾い集め、燦の方を向く。
「ごめんね、なに?」
「今日は帰るか?」
「あー……」
ついこの前家で赤面していることをお母さんに指摘されてから一緒に帰るのをやめていたのだ。
お父さんは誤魔化せても、同性のお母さんは誤魔化すのに限界がある。
いつお母さんが早く帰ってきてもいいように万全な顔色で家に入りたかった。
「用事あるか?」
燦には悪いけれど、作ってしまおう。
「……う、うん。ごめんね。
テスト、近いから自習して帰る」
「そうか」
「……うん」
嘘をついたことが心苦しく、先生が来るまで決して横を見なかった。


