2月14日までの1ヶ月位は、本当に毎年忙しい。
正直、俺にとっちゃ、バレンタインなんて全く興味無いイベントだけど、チョコレート商戦が恐々としている所を目の当たりにすると、俄然やる気が出るんだよね。

…で、今年のイベントも真斗と組んだおかげか、大成功。

まあ…ゆるネコびよりが入るってわかった時点で、「あの人に限定のヤツ持ってけっかな?」なんて公私混同な事考えたのは間違いないけど。

当日、何とか開場前にゲット出来て、ああ、これで俺、今日はあの人の七福神な顔を見ながら酒飲めるのかも…なんて思ってた…のにさ。



何、やってんだか、あの人は。



丸戸商事のイケメン二人に囲まれて、やたらべたべたされて。
あげく強引にお持ち帰りされそうになってるし。


ったく…



「あの、宮本さん…。」


麻衣の所に行こうとした俺を受け付けのコが引き留めた。


「わ、私…もう少しお話がしたいです…」


顔を赤くして、上目遣いにそう言うと、そっと俺の腕に寄り添い、「ダメですか」と胸をさりげなくくっつける。


…あのさ。
あなたにそういうことされてもね?

別にどうとも思わないんだよ、俺は。

寧ろすぐに麻衣の所にいけないって苛立ちが大きくなっちゃってさ。
ただでさえ、あの人が絡まれてムカついてんのに。


あーもうダメだ。
完全にアウト。



「…あのさ。」


受付嬢のコに、わざとにっこり笑いかけたら、前に居た真斗と作田さんが苦笑い。


まあ…俺がどんな心理状態かこの二人にはお見通しだよね、そりゃ。
じゃあ、まあ…後のフォローはお願いします。


「…悪いけど、俺は何も話すことないから。」


俺の言葉が予想外だったのか、顔が一気にこわばった。


「申し訳ないけど、それどころじゃないんだよ、今。」

「っ!秋川さんなら、ほ、ほら…今、丸戸商事の方とお話が弾んでいらっしゃるみたいで…。」


いや、だからさ…弾んでるからムカついてんだよ、こっちは。
大体、そう仕向けたのは、あんたたちだろうが。


「…とにかく、もう俺は帰りますんで。」

「そ、そんな…折角お話出来たのに…ヒドイです。」

「そっかな。散々、麻衣の悪口、受付で言ってる方が酷くない?」


二人は目を見開き、青ざめる。


いや…今更青ざめられてもね。
さすがに気が付くでしょ、あれだけあからさまに睨んで喋ってたら。


まあ…それで麻衣が俺に対して退くなんて事、俺は絶対許さなかったけどね。
だからわざとしれっと目の前で手を繋いでたんだし、あの一週間。



「…ああやって面白おかしく悪口言う様な人、俺は嫌いなんで。」



再び微笑んでから、踵をかえして、麻衣の所へ向かう。


絡まれて完全に涙目になっている麻衣を引っ張ってビルを出て。駅に着いてその頬に触れた。


不機嫌丸出しで触れたんだよ?
ほっぺた摘まんで、すげー憎まれ口叩いてさ…


なのにだよ?
困惑しながらも、目を潤ませて俺をみつめて。



…んな顔、麻衣にされてみ?
ただでさえ、持ち帰る気満々だったのに、冷静に…紳士的に…なんて出来ると思う?



欲に全く勝てなくて。


ゆるネコ見せて麻衣の七福神堪能して…なんて順番すっ飛ばして、抱きましたよ、そりゃ。







俺に散々振り回されてぐったりしてる麻衣の髪をタオルごとまた自分に引き寄せた。
触れた髪も、唇も柔らかくて、心地良くて気持ちが満たされる。



“辛かった”は本音。



自分が納得いくまで麻衣と居られない事で、ストレスが溜まったここ1ヶ月ほど。



…自分でもこんなんなるなんて信じらんないよ?


誰かと居てストレスになることはあっても、居られないからストレス感じるなんてさ…。


…それだけ、あの1週間が俺にとって贅沢な時間だったんだと思い知らされた。



寄りかかった俺をそのままに、ずーっと、ゆるネコびよりの缶を見て嬉しそうに含み笑いしてる麻衣にまたすげー満たされる。



「あ…宮本さん。私もチョコレート…。」


はい、と渡されたスポンジだけの丸々一個のチョコレートケーキ。



「サクラさんのレシピなので私も食べてみたくて!」

「ああ、そうなんだ。んじゃ食います?」

「はい!」



…サクラ、ナイス。

心の中で、そう讃えたよ、心底。



「美味しい!」

「…もう一切れ食えば?」

「い、良いんですか…?じゃあ…」



すっごい七福神顔、堪能させて頂いて、内心にんまりな俺。
でも、そんな満たされた俺とは裏腹に、麻衣はその後げんなり。


まあ…ほら。この人は後悔先に立たずタイプだから。



結局ワンホールほとんど自分で食べちゃって。ものすごく凹んでる。



「わ、私…こ、ここから頑張りますから…」

「…ああ、たらふく食べたから運動したいの?」

「っ?!ち、違います!」

「いいよ、遠慮しなくて。付き合ってあげっから。」



「違うんです~!」と泣きべそで訴える麻衣を「はいはい」となだめながら結局またちょっかい出した。



バレンタインなんて今まで『仕事のかきいれどき』って感じの認識だったけど、こんなバレンタインなら悪くないかも。


まあ…どっちにしても、麻衣ありきだけどね、俺は。


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