「―――ったく、あンの、ど畜生が~!」
私は空になったウーロンハイのジョッキをテーブルに叩きつけると、皿に盛られた焼き鳥盛り合わせの中から、串を1本むんずと掴んだ。
「あの野郎! マジであの野郎! 腹立つ! あー、腹立つー!」
串の根元をガッと食み、一気に串から鶏皮を引き抜く。
香ばしい炭の香りと、ジューシーな油の旨味が口の中いっぱいに広がった。
いつもならここで好物の美味しさに酔いしれるのだけれど、今日ばかりはそうもいかなかった。
ぐらぐら揺れる思考内には、先ほどからずっと同じ言葉ばかりがリフレインしている。

『―――くれぐれも、情報漏洩には気をつけたまえ』

あのシーンを思い出すたび、悔しさややるせなさ、悲しさがこみ上げて、目頭がカーッと熱くなるのだ。
もう鶏皮の美味しさなんて、はるかかなたに霞んでしまう。
「信じらんない! ほんともう、信じらんないよ! あのクソ上司! どこまで私のこと信用してないんだ!」
そうしてワッとテーブルに泣き伏せる私を「まぁまぁまぁ……」と、隣で飯田君が慰める。
……今夜はこのやり取りを、一体何度繰り返しただろうか。
会社から出た後、私はマッハで彼に連絡を取った。
私からの返信が遅れたため、すでに飯田君は帰宅の途についていた。
でも「一生のお願いだから来て!」と、無理やり彼の家の最寄駅近くにある焼き鳥屋に呼び出したのだった。
帰宅後、飯田君は晩酌の準備をしていたそうだが、スーツのジャケットを手に、私の呼び出しに応えてくれた。
そんな彼にかれこれもう二時間近く、私は延々愚痴を聞いてもらっている。
(もう飯田君には迷惑をかけないようにしようって、決めたばかりなのに!)
時折理性が戻ると、彼に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
私はガバッと顔を上げ、グズグズに泣き濡れた頬もそのままに、マグマのように熱くたぎる心情を彼に切々と訴えた。
「ごべんね。なんでごうなっでるのか、理由を詳しぐ話せなくで……でもね、あいつが、あいつがぁ……!」
そして飯田君に謝罪した直後、またフツフツと久喜さんに対する怒りが頭をもたげるのだった。
彼には、上司から身に覚えのないお叱りを理不尽に受けた、とだけ話してあった。
それ以上のことは口が裂けても言えない。
それこそ、本当に情報漏洩になってしまう。
「いいよ。同じ会社とはいえ、仕事内容はそう簡単にホイホイ話せるもんじゃないし」
何も聞かずに「気にすんな」とねぎらってくれる飯田君が、今の私には天使にしか見えない。