その上司、俺様につき!

女子社員は営業部以外、制服の着用が義務付けられているため、久喜さんは私の私服を把握していないはずだった。
(ドレスコードに引っかかって入店拒否、なんてことになったら……)
財布にお金がないなんていうレベルとは、次元が違う。
かと言って、今から帰宅して着替えなんて、できるわけがない。
「どこまで上司に恥をかかせたら気がすむんだ。君なんか誘わなければよかった!」
いかにもうんざりといった体で、私を罵る久喜さんのイメージがまざまざとまぶたに浮かぶ。
「いざとなったら、謝って帰っちゃえばいいよね……」
どうせ思いつきで私を誘ったのだろうし、予約が必要なお店に連れて行かれる……なんてあるはずがない。
私はソファの柔らかさにどっぷりと甘えつつ、久喜さんを待った。
目を閉じると、あまりの心地よさにうつらうつらしてしまう。
(あ……やばい……このまま寝ちゃいそう……)
抗いがたい睡魔に意識を手放しかけたその時、ソファの背から当然、ひょいっと見慣れたイケメンが顔を出した。
「……起きろ」
「ヒッ!!」
どうして人は本当に驚くと、「きゃあ!」とか「やだ~!」とか、可愛い悲鳴があげられないものなのか。
まるで怪物に出会ったかのような、微塵も色気がない悲鳴をあげてしまい、たまらなく恥ずかしくなる。
自責の念にかられている私は、さぞかし赤い顔をしていることだろう。
でも久喜さんは、そんな私を意に介した風もなく、ソファの後ろから覗き込んだままの姿勢で、静かに告げた。
「では、行くぞ」
「いいい、行くってどこへですか?」
彼は私の質問には答えず、軽くこちらを一瞥しただけで、スタスタと歩き出してしまった。
(普通、こういう時って女性の歩幅に合わせない!?)
そんなに足が長いことを自慢したいのか!と言いたくなるほど、颯爽と前を行く久喜さん。
私は彼を見失わないように、全力で後を追いかけた。
正面玄関の自動ドアを出ると、黒塗りのタクシーが一台停っている。
後部座席のドアに手を添えて、久喜さんが「乗れ」と言わんばかりに私を待ち構えていた。
黒く光る車体に照明がキラキラと反射していて、とても綺麗な光景だった。
ひと昔前の少女漫画やトレンディードラマなら、背景にバラの花びらが優雅に舞うCGが合成されるに違いない。
思わずポーッと見惚れてしまいそうになったが、そうだこの人は性格に問題があったんだと、自分を現実に引き戻す。