その上司、俺様につき!

依然として、胸の高鳴りは右肩あがりの状態だ。
私はなるべく身を縮こまらせて、相手に動揺が悟られないように視線を彼のスーツの胸ポケットに集中させた。
そうでもしないと、あからさまに目を泳がしてしまいかねない。
「は、はあ……ま、まだですが?」
我ながらすっとんきょうな声で答えてしまった。
軽くパニックに陥ってしまっている。
「では今から食事に行こう。帰り支度をしたまえ」
「えっ!?」
唐突に言われ、反射的にハッと顔をあげてしまった。
こちらを見下ろす切れ長の瞳が、まっすぐに私だけを映している。
まるで全身が心臓になったみたいだ。鼓膜の内側から心音が体に響き渡る。
「……見たところ、君はいつもコンビニ食で昼を済ませている。社会人は体が資本だ。きっちりと栄養のある食事を摂ることが
重要なはずだろう」
何もこんな距離で、部下の不摂生を注意しなくてもいいはずだ。
(こっちは今にも心臓が破裂しそうなんですけど!!)
「そ、そ、それはその通りですけど……」
しどろもどろになってボソボソ答えたところ、肯定と受け取ったのか、
「よし、それでは行こう」
と久喜さんが踵を返した。
距離が開いたことにより、私も徐々に冷静さを取り戻していく。
「いや、でも、どうしてそれが久喜さんと一緒に食事するってことになるんですか!?」
そして、てきぱきと帰る準備を始めた久喜さんに猛烈に抗議をする。
「……嫌なのか?」
断る意味がわからないとでも言いたげな、きょとんとした表情で逆に尋ねられてしまった。
「嫌……って言うか、なんでなのかなって思って……その、理由的な?」
(イケメンの困り顔って、なんでこっちが悪いのかもって思っちゃうんだろう! しっかりしろ、私!)
自分で自分を励ますも、さっきまでの強気がみるみる萎んでいく。
「君はなぜ、いつも同じことを何回も聞くんだ? 君の体が心配だから、たまにはまともな食事をと思って、誘っているだけじゃないか」
真剣な表情で説得されると、魔法にでもかけられた気持ちになる。
図らずも素直に頷いてしまっていた。
「は、はあ……」
「どうする? 行くんだろう?」
念押しの言葉にも、同意以外の選択肢が思い浮かばない。
「……は、はい」
「ではタクシーを準備させよう。君は先に下で待っていなさい」
言い終わるやいなや、久喜さんはスマホであちこちに電話をかけ始めた。
そんな彼を横目に捉えつつ、私はしぶしぶ帰り支度を整える。
(一体全体、何がどうなってるの……)