マティウスを何とか振り切って、ヘトヘトになりながら部屋に帰り着くと、テーブルの上に手紙が置いてあった。
 差出人を見るとミセス・ブルーメからで、封を開けなくても大体の内容がわかってしまった。
 たぶん、まずはこちらへ来て一度も連絡を寄越さないことへのお小言。それから、わたしが不在の間にミセス・ブルーメの身の回りで起きたこと。そして、夏の集まりへのお誘いだろう。

 手紙としてはやや分厚すぎるそれの封を切って中を確認すると、予想通りというか予想以上というか、わたしの近況を伝えなさいと書かれていた。ミセス・ブルーメはわたしがエッフェンベルグ家でうまくやれているのか、何か面白いことはないのか知りたくて知りたくて仕方がない様子だった。
 年頃の女の子が年頃の男の子に仕えるのだから、面白い話の一つや二つや三つくらいあるでしょ⁉︎ というのが文面からひしひしと伝わってきた。
 そんな面白いもんじゃねーよとそのあたりは読み飛ばし、ついでにミセス・ブルーメの日常語りも飛ばして、肝心な部分に目を通す。
 そして、そこに書いてあったことに驚愕した。

「『いつもの夏の集まりに参加するためにカティがお休みをいただけるよう家令の方へもお手紙を送っています』だと……?」

 家令って、セバスティアンのことだよね? ということは、わたしを参加させるためにわざわざ許可を求めて手紙を送ったということか!
 まさか、そんなに用意周到に回りを固められるとは思っていなかったから驚きだ。
 十二歳のときに寮に入って以来毎年参加している集まりだけれど、まさかそこまでしてくるなんて……。
 ミセス・ブルーメの行動力にドン引きしつつ、どうしたものかと頭を悩ませた。セバスティアンもダメだと言わなさそうなのが、また悩ましい。





「カティ、セバスティアンから聞いたわ。学院主催のちょっとしたパーティーがあるんですってね。いってらっしゃいね」

 案の定、夕食のときには夫人まで話が行っていて、わたしは参加することで確定したようだった。
 ミセス・ブルーメも許可が下りないことや、ましてやわたしが参加しないことなど想定していないような内容の手紙を書いて寄越していたけれど。……どうやら、わたしに選択肢はないらしい。

 ミセス・ブルーメの言う夏の集まりとは、休暇中帰省しない寮生向けのちょっとしたパーティーだ。パーティーと言っても貴族やお金持ちが夜な夜なやっているようなものではなく、どちらかと言えばお楽しみ会に近い。美味しいものを食べて、ちょっとダンスをして、集まった人たちで談笑する、そんなまったりした集まり。
 華やかな場所に慣れていない一般家庭出身の学生が、学院最大のイベントと言ってもいい聖人誕のダンスパーティーでびっくりしたり恥ずかしい思いをしたりしないで済むように練習させる意味もあるらしい。
 あまり裕福ではない家庭の子達は休暇だからと言って家に帰るお金もなく、学院の寮に残ったままの子も多いのだ。そういった子達に休みの間の楽しみを持たせるという意味でも、ミセス・ブルーメはこの行事を大切にしている。
 それでも、わたしはあまり気乗りはしないのだけれど。

「学院って、聖人誕くらいしか楽しみがないのかと思っていたけれど、いいわね。この前仕立てたドレス、着てくれるわよね?」
「そうですね……でも、わざわざお休みをいただくのは申し訳ありませんし」

 参加すると信じて疑わない夫人は、早速ドレスを着て行く場ができたことに喜んでいる。遠回しに行くことを辞退するよう申し出てみても、にっこりしたまま夫人の顔は変わらなかった。

「いいのいいの。一日くらいマティウスのそばにいなくたって。その代わり、アンドレを連れて行ってくれない?」
「え?」
「アンドレにも休暇をあげたいと思うの。それで、同じ年頃の子が集まる場所に行くのはどうかなって」

 夫人の言葉に驚いてアンドレのほうを見ると、職務中だから声は出さないものの、目で必死に訴えかけてくる。
 そんなに楽しみにするところじゃないし、着いて来てどうするつもりなのだろうか。アンドレは今は下僕に扮していると言っても、元は商家のお嬢さんだ。良い家柄の子が来て楽しめるかどうか甚だ疑問だけれど、アンドレの目は好奇心に輝いている。

「アンドレアが行ってもいいなら私も行きたい!」

 どうしたものかと頭を悩ませていたら、マティウスまでそんなことを言い出した。どうやら、アンドレに対して対抗心を燃やしているらしい。アンドレはそんなマティウスのバチバチとした視線を受けても、当然何のことかわかっていないけれど。……従妹を睨んでも仕方ないでしょとマティウスには言いたい。
 面倒なことは勘弁して欲しいーーそう思っていたのに、事態はわたしが望まない方向にばかり転がっていく。

「いいわね。それならカティも休むことに気兼ねがなくなるし、マティウスも他の院生さんと交流できるもの」
「そうです! 私も普段なかなか接点のない院生と仲良くなりたいんです!」
「ほら、マティウスもこう言っていることだから遠慮しなくていいのよ?」
「カティ、楽しみだな!」
「……」

 多数決の原理が、私の前に立ちはだかる。
 夫人とマティウス、目だけで訴えかけるアンドレ。三人の意見が一致した以上、拒否してもあまり意味はなさそうだ。
 だからわたしは仕方なく、静かに首を縦に振ったのだった。


 ミセス・ブルーメとの関係を良好に保つためだけに参加していた夏のパーティー。これまでは彼女を手伝うという名目で裏方に徹していれば良かったその集まりに、今回はがっつり参加しなければならないらしい。
 しかも不慣れで場違いな二人を連れて……。
 正直言って不安しかないけれど、まぁ大金をもらう予定のバイトだから仕方がない。卒業までの学費も払えて、なおかつ日々の生活にもかなりゆとりが出るような額をもらえるバイトなのだ。おまけに就職先の世話もしてくれるというし。だから、少々面倒くさいことがあったとしても、それも仕事のうちだと割り切るべきなのだ。
 そうは思いつつも、この日の夕食はあまり喉を通らなかった。

 だって、波乱の予感しかないじゃないの。