上司を甘やかす方法




「あ、お疲れ様です。」


ドキッとした。
声の主が斎藤くん、だったから。


「…お疲れ様。」

「まだ残ってたんですか?
ノー残業デーて言ったの大河内さんですよ?」

大河内さん、と呼ばれてまた涙が出そうになる。

「うん、ちょっと、不具合があって、ね。

斎藤くん、は?」


「あー、家の鍵忘れて。」

「そっか、珍しいね。そんなミス。」

帰ってから、もう2時間くらい経つ今。
飲みにでも行ってたんだろうか。

あ、前に言ってた好きな人、かな。



「俺も、何か出来ることありますか?」

リュックを置いて、わたしのデスクに来る。


「大丈夫です。ありがと。」
と笑った。

久しぶりに話すことが、嬉しいのと、
でも何だか彼が遠くて、
色んな感情がぐるぐると回って
上手く話せない。


「…大河内さん。
部下の扱い、下手くそ過ぎます。」


まさかの言葉に、何も言えなくなった。


「…俺、やります。」

「いいよ!分かってる!
頼りないのはわたしだよね!
ごめんね、本当。
でも大丈夫、本当にあと少しだから。」

と、パソコンをまた操作し始める。



「じゃあ、邪魔みたいなんで帰ります。」


リュックを持った斎藤くんに

「あ、待って。」
と無意識で引き留めていた。

「何ですか?」
彼の表情が分からない。


「…この前、本当にごめんなさい。」

「もう、いいです。」

「ちゃんと、謝らなきゃって思ってたのに、」

「大丈夫です。」

「ごめんなさい。」

「大河内さんに一つだけ聞いてもいいですか?」

「…はい。」

怖い、すごく怖い。
彼からどんな言葉が出てくるのか。


「どうして、あんなこと言ったんですか?」

「それは、、、

わたしが自分に自信がないから。
斎藤くんの優しさに甘えたり、
これ以上近付くのが怖かったんだと思う。」


この言葉は嘘じゃない。