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あれから、光とは一切話をしていない。

光は何度も私に何かを伝えようと私を呼び止めたけれど、ずっと避けてしまっていた。

次第に光は私の方を見向きもしなくなって、同じ教室なのに、今では挨拶さえもしなくなってしまった。

ーー明日は、テニス部の県大会。

私は誰もいなくなった放課後の教室で、一人座って明日の試合に挑む光を想っていた。


「ーー…」

試合必勝と赤い糸で不恰好に書かれたフェルト生地の小さなテニスのお守りを見つめる。

試合の前に光に渡そうと、今日の為に作りあげてきた自作のお守り。


大切な試合の前になると、いつも手作りのお守りをプレゼントしていた。

それでも必ず光は、一度も嫌な顔をせず嬉しそうな笑顔で私を抱き締めてくれた。


ーー私から、本当に光が離れていなくなってしまう。


あの時、私の感じていた不安は、きっとこうして二人が離れていくのをどこかで分かっていたからなんだ。


「…光…」

光を想うと涙が自然と溢れ出して、私の頬を伝う。

泣いていると、後ろの教室の扉が勢い良く音を立てて開いた。


「影ーー」


後ろを振り返ると、テニスウェアの格好をした光が息を切らして立っていた。

光が、じっとこちらを見つめている。


「光…」

私が光の姿に驚いていると、光が怒ったような面持ちでこちらに近づいて来た。

ーー別れを告げられる…!

私はとっさに立ち上がりその場から逃げようした。


「影!」


その瞬間、体を強く引き寄せられ、優しく抱き締められていた。


華奢で色白な彼女のテニスウェアから、いつも隣で感じていた汗の香りが私をふわりと包み込んだ。


「もう…絶対、離さないから」

そう言って、私を強く抱き締めた。


「……光…私…あのね……光のこと…」

上ずった涙声で想いを告げようとした瞬間、柔らかな感触が唇全体を優しく包み込む。


夢なのか現実なのか曖昧になるほどに幸せな気持ちにうっとり浸る。


テニスウェアから膨らむ彼女の胸元に顔を寄せ、彼女の華奢な背中にそっと手を回し優しく抱き寄せた。


唇を通して感じる柔らかな温もりを、教室の真ん中で二人で何度も確かめ合う。


教室の窓からはーどこまでも深い夕空に照らされた桜の花びらが儚く舞い散っていた。