このまま話していても間違いなく相容れない。

どこかで妥協案を提示しなければ。

依舞稀は頭を働かせ、「わかりました」と一先ず折れることにした。

「副社長として、結婚の発表が必要なことだと言うのもわかります。だから発表には合意します」

一度は遥翔の意見を尊重したように見せかけ、満足気な遥翔の笑顔を確認してから依舞稀はもう一つ違うお願いをしてみることにした。

「じゃ、仕事の時は旧姓のままでお願いします。お客間にも取り引き先の方にもプライベートを曝け出して名字の訂正なんてしたくないです」

結婚したことを皆に内緒にしてくれないことは、依舞稀にとっても想定内ではあった。

もちろん了承してくれるに越したことはなかったのだが、あれだけ皆の前でも怯むことなく依舞稀にアタックしていた遥翔のことだ。

きっと反対するだろうということくらいは予想できた。

だからこその第二のお願いなのだ。

「それじゃ結婚して名字が変わった意味がないじゃないか」

「そんなことないですよ。結婚の発表は遥翔さんがしてくれるんでしょう?だったら遥翔さんと私のことは社内の皆が知るでしょうけど、他の人に言いふらすようなことしなくていいと思います」

「それはまぁ……そうかもしれないが」

「事務的なことに関してだけです。まあ、噂は広まるのが早いから、どうせすぐ『桐ケ谷さん』になっちゃうんでしょうけど」

わざとらしくそう言うと、遥翔の頬がピクリと上がった。

どうやら遥翔は結婚したことを余程広く公表したいらしい。