「駄目だ」

「お願いします」

「却下」

「そこを何とか」

「絶対無理」

「これくらい何の影響もないじゃないですか」

「だったらそうしなくても問題はないだろう?」

「……もう……」

何を言っても依舞稀の言葉に耳を貸さない遥翔に、依舞稀は大きく溜め息をついて肩を落とした。

自分の意志を曲げないと言うのは、成功者にとって必要なスキルなのかもしれない。

しかしそれはこんなところで発揮されなくてもいいものだと思う。

「落ち着いて話しましょう?なにも頑なになる必要なんてないんですから」

依舞稀は自宅のダイニングテーブルに遥翔と向かい合って座り、今後仕事をする上でのお願い事を遥翔にしている最中なのだ。

「副社長と結婚したなんて、わざわざ公表しなくてもいいですって。変な気を遣われたりする方がやりづらいんですから」

「わざわざ隠す必要もないだろう?後々バレた方が面倒なことになるじゃないか」

遥翔は何も分かっていないのだ。

自分の地位と名誉と容姿によって、依舞稀にもたらされる悪影響がどれほどのものなのか。

上司からは媚を売られ、同僚からは羨ましがられ、一部女子社員には嫉妬で疎まれる。

火を見るよりも明らかだからこそ、こうやって直談判しているわけなのだが、遥翔の思いは正反対だった。

せっかく口説き落として結婚したというのに、なぜこの事実を隠さねばならないんだ。

依舞稀が言うように、多少仕事がやり辛くなることもあるかも知れない。

しかし遥翔にはその全てから依舞稀を守る自信があった。

何よりも……皆に大々的に発表したいじゃないか。

それが一番の理由であった。