緒方依舞稀、改め、桐ヶ谷依舞稀。

初めての響きは、何とも言えない不安と興奮に見舞われた。

「私……桐ケ谷さんになっちゃったんですね……」

たった一枚の紙に署名捺印して役所に提出するだけで、一瞬にして違う人になってしまった。

こんなに簡単でいいのだろうかと思ってしまうほどに。

「もっというなれば、俺の奥さんになったわけだ」

「奥さん?」

依舞稀はその言葉に目を剥いて驚いた。

「なんだよ。そんなに驚くことでもないだろう?俺の妻で、俺達は新婚ホヤホヤってわけだ」

「新婚ホヤホヤって……そんなに甘い感じじゃないですよね」

「これから甘くなってくんだって。俺は依舞稀を溺愛する自信がある」

「そんなこと言わなくていいです」

依舞稀と結婚するにあたって、本物の夫婦になると宣言してからの遥翔は、依舞稀に対してストレートに感情をぶつけてくるようになった。

お互いを知って理解するためには、どんなことでも言葉にすることが大切なのだと遥翔は依舞稀に言った。

まずは誤解や嘘がないように。

悟らずとも理解できるように。

そのために人間には言葉が与えられたのだと遥翔は言った。

無論依舞稀もそのことには賛成したのだけれど、ストレートな言葉がこんなに恥ずかしいものだったとは。

想像もしていなかった。

「俺、今言葉にして思ったんだが……」

「何ですか?」

何だか嫌な予感がして、依舞稀は眉を顰めて聞き返してみた。

「奥さんって表現は可愛らしさがあるけど、『妻』って響き、エロイな」

「何言ってんですかっ」

いたずらっ子のようにニヤリと笑った遥翔の腕を、依舞稀はバシッと音を立てて叩いた……。