秘密を抱えて仕事をするにあたって、あまり目立ったような行動はしないように心がけてきた。

大学の友人とも連絡を取らないようになったし、ホテルの同期同僚ともつかず離れずの程よい距離感を保つ。

クラブではお客様の嗜好に合わせて性格を変え、自分を出さないように。

いつ何時自分の秘密が漏れるともわからない中での生活の中で、唯一自我を解放できていたのが自宅だったというのに。

その大切な場所も失ってしまった今、電車通勤くらいは許していただきたいものだ。

「確かにマンションから少し行ったところに駅はある。ここからホテルまでは5駅くらいだったと思うが」

「そうですか。じゃ、今日はそのルートでホテルにいきます。一度は使ってみないとわからないので」

依舞稀がにっこり微笑んでそう言うと、遥翔は思い切り不機嫌そうな顔をした。

「ちょっと待て。お前、大事なこと忘れてるだろう?それともこのまま有耶無耶にしてしまうつもりなのか?」

ずいっと距離を詰められて依舞稀に心臓が高鳴ったのは、きっと神様からプレゼントしてもらったのであろう整い過ぎた顔面のせいだと思うことにした。

「……やっぱり、できないですよね?」

「当然だ。婚姻届けは二人で出しに行くんだって言っただろ?」

「言いましたね……」

確か八神が、マンションのポストに婚姻届けの入った封書を投函する流れだと依舞稀は聞かされていた。

「基本的には俺が出退勤を合わせてやりたいところだが、そうもいかないときがあるのは確かだ。駅を通って役所に行こう」

「はい……」

喜ばしいことと憂鬱なことを抱えたまま、依舞稀は遥翔に連れられて車へと向かった。