彼が部屋から出ていったのだ。
 響が涙を拭きながら起き上がる、千絃を追いかけて「ごめんなさい」と謝らなければいけない。それなのに、体は動かない。
 響が謝って、舞台の仕事をやめればいいのか。けれど、仕事を降りるつもりはないのだ。
 今、2人の気持ちは和解する事はないのだ。


 「…………どうして、わかってくれないの……千絃………」


 響は一通り泣いた後に、ノロノロと立ち上がった。こんな泣いた顔のまま稽古には行けない。顔を洗って目を冷やさなければ。
 と、その時に千絃が部屋に来るときに持っていた紙袋が片隅に置いたままになっていた。
 彼が忘れていったのだろう。

 
 「………何だろう……取りに来るかな……ううん、来るはずないか」


 響はため息をつきながら、袋の中を覗いた。
 すると、そこには見覚えがあるものがあった。それを見つめ、響はドキッとしてしまう。

 その場に座り、紙袋からある物を取り出した。
 それは彼の家にあるローズのボディソープだった。響のために準備してくれたもの。そして、響が気に入って欲しいと話したものだ。
 それを彼は覚えて、持ってきてくれたのだろう。

 そんな優しい彼に自分は何て酷いことを言ってしまったのだろうか。
 響はそのローズのボディソープを手に持ちながら、また泣いてしまったのだった。