20話「悪夢はおしまい」




 千絃が遠くに行ってしまう。
 制服の彼は、響と視線を合わせる事なく、ゆっくりと遠ざかっていく。
 彼に甘えすぎたのだ。
 頼りにしすぎた。
 自分の夢を託すなど、幼馴染みであってもしてはいけない事だったのだ。

 今までの思い出だけが響には残っている。
 彼のにっこりとした笑顔も、真剣に竹刀を握る瞳も、頭を撫でて慰めてくれた温かい手の感触も。
 全てとてもリアル感じられるのに、目の前の彼は後ろ姿のままどんどん遠くなってしまっている。


 「千絃っ!待って……行かないでっ!」


 勇気を出して大きな声を出す。
 聞こえているはずなのに、彼は響の声を無視して歩き続けてしまう。
 


 「うっ………どうして……千絃………」



 響は手を伸ばすけれど、届くはずもない。
 涙を流しながらぼやけた視界のまま千絃を見つめる。すると、黒いインクが画面に落ちるように、少しずつ響の視界が黒くなっていく。
 ポタポタとその黒は広がっていく。

 見えなくなる。

 その恐怖から、響は自分の手で目を擦る。けれど、自分の手さえも次第に見えなくなる。