「あほじゃないよ! あのひとが泳いできたら、ここからなら絶対見えるもん」

「アーソウデスネー。てかもういっそ飛び込んで待ってた方が早いんじゃねーの。そしたらまた助けに来てくれるかもよ、」


佐波(さわ)、相変わらず泳ぐのへったくそなんだし。


ニヤリと笑いながらそんなことを言う顔立ちだけは上品なこの男――七瀬(ななせ)は、自分のことは平気で棚に上げ口を開けば嫌味ばかりたれる性悪野郎だ。
自分だって水泳の授業を全部見学するくらいまったく泳げないくせに。



……忘れもしない。
まだ小さかった頃、わたしはこの海で溺れかけたことがある。



あれは家族でこの町へ引っ越して来た10年前の夏のこと。
初めてこの海に遊びに来たわたしは、砂浜でピンク色の貝殻や白くてつるつるした石ころを探すのに夢中になっていた。

ずっとずっと探し続け、歩き続け、気付けばお父さんもお母さんもいない、人の姿は誰ひとり見当たらなくなるほど遠くまで来てしまっていて。


心細くなって、そろそろ元来た道を引き返そうかと顔を上げると。
海岸の先に、灯台がひっそりと佇むこの岬を見つけた。