吸い込まれそうに大きくて、凛々しくて、透き通った瞳。

 その瞳が、一瞬、揺れた。

 わたしは息をすうっと吸い込んだ。

「お母さんに聞いた。颯ちゃんちのこと」

 ストレートに告げると、颯ちゃんは一瞬、驚いたように目を見開いて、そのあとわずかに伏せた。

「颯ちゃんが言ってた、わたしに話したいことって、このことでしょ?」

 颯ちゃんはゆっくりとうなずいた。

「今まで黙っててごめんな。ずっと弁護士を通して話し合いを続けてたんだよ、うちの両親。親父と母さん、冷え切ってて、家では会話もしなくなってて」

 淡々と、颯ちゃんは語る。

「そのうち、親父が家に帰ってこない日が増えて行った。母さん、俺には出張だって説明してるけど、そんなわけない。あれは多分、ほかに……」

 苦しそうに続きの言葉を飲み込むと、颯ちゃんはわたしから顔をそむけた。

「とにかく、そういうことになったから。もう、修復不可能だ。別れたほうがいいと、俺も思う」

「……でも」

 胸が詰まりそうだった。

 颯ちゃんにこんなことを話させていること自体、すごく残酷なことなんじゃないかって気がして。
 何か言いたかったけど、何も言葉が浮かんでこなくて、わたしは。

 ……わたし、は。

「なんで由奈が泣きそうになってんだよ」

「だって。わたし、全然気づかなかった」

「そりゃそうだろ。俺が、由奈に気づかれたくなかったんだから」

「どうして? どうしてわたしに、何も」

「言ったってどうにもなんないだろ?」

 優しく、諭すような言い方。

 わたしのことを小さい子ども扱いして、遠ざけている。
 シャッターを降ろしている。

「わたしは……、颯ちゃんの力になりたい」

「だから。俺や由奈がどんなに頑張ったって、どうにもなんねーんだよ。壊れたもんはもとに戻らないんだよ」

「そういう……ことじゃない」

 どうすればうまく伝わるの?

「颯ちゃん自身の、心の、ことだよ」

 もっと、もっとわたしに。

「わたしに、本当の心を、見せてほしいの」

「……由奈」

「怒ったり、泣いたり、文句を言ったり……してほしいの。わたしの前では、強がらないで。わたしだって、わたしだってっ……」

 颯ちゃんがわたしを思う存分泣かせてくれたように。

 わたしだって、颯ちゃんを包み込んで、守ってあげたい。

 ふいに、大きな手が、わたしの頭の上に乗った。

「俺は、大丈夫だから」

 また、子ども扱い?

 わたしは颯ちゃんの手を払いのけた。

「うそつき」

 つぶやいて、立ち去った。
 立ちすくむ颯ちゃんを、その場に残したまま。

 大丈夫なんかじゃ、ないくせに。あんなに苦しそうな顔してたくせに。

 川の流れる音が、河川敷の草のにおいが。切なくて。胸が苦しくて。

 涙があふれる。

 泣きたいのは颯ちゃんなんだからわたしが泣くのは違うと思ったけど、それでも、涙は止まらない。

 もどかしくてたまらない。

 わたしの前で、平気なふりなんてしないで。

 あきらめきって、すべてを悟ったふりなんか、しないで。