「うん。あいつはいい奴だ。チャラチャラしてるように見えるけど、陸上には真剣だし。好きなことには真面目に向き合える奴だ」

「何それ。チャラチャラって」
 絵里がつっこむと、

「あいつと初めて話したとき、『なんだコイツ、軽いヤツだな』って思ったんだよ」
 颯ちゃんが答える。

「でも、たぶん違う。軽い奴じゃない」

 そして、わたしの顔を見つめた。
 優しげに目を細めて。

 颯、ちゃん……?

「由奈のこと、大事にしてくれると思う」

「颯ちゃん。そんな、気が早いよ。大事にしてくれるもなにも、きっとわたし、百パーセントふられるのに」

 わたしはあわてて颯ちゃんから目をそらした。

 どうしてだろう、胸がことりと鳴ったんだ。

 颯ちゃんのこんなまなざし、初めて見たから。

 優しいのに、どこか影があるような、どこか切なげな……。

「自分から『百パーセントふられる』とか言ってちゃだめでしょ」

 絵里の言葉で、はっと我に返る。
 絵里がわたしに、笑顔を向けていた。

「戸惑いもあったと思うけど、それでもとりあえず前に進みたいから、由奈はあたしや三崎に相談したんでしょ? だったら全力を尽くさなきゃ」
「う、うん」
 あらためてそう言われると、身が引き締まる。
 わたしはすっと背すじを伸ばした。

「あたしも三崎も、協力するよ。由奈の恋がうまくいくように。由奈と森下の距離が少しでも縮まるように」

「絵里……」

 わたしは思わず、絵里に抱き着いた。

「ありがとう!」

「大げさだなあ、由奈は」
 絵里がわたしの頭をなでる。

 颯ちゃんが、ふーっ、と、大きく息をついた。

「ふたりの友情に水を差すようなこと言って悪いんだけど、もうすぐ昼休み終わるぞ」
「えっ」
 絵里とわたしは、あわててからだを離すと、ベンチから立ち上がった。
 腕時計を見ると、ほんとに5時間目の開始時間が迫っている。

「急いで戻らなきゃ!」

 駆け出すわたしのあとを、絵里と颯ちゃんが追いかけてくる。

「三崎は、ほんとにそれでいいんだよね?」

 すぐ後ろで、絵里が小さくつぶやくのが聞こえた。

「ああ。もちろん」

 颯ちゃんが答えるのも。

 絵里……。どうして、あらためて颯ちゃんに確認をとっているんだろう。

 浮かびかけた疑問を、鳴り響いた予鈴がかき消した。