「あっ。わたし、傘がない」

 靴箱そばの傘立てに、自分の傘がないことに気づいた。
 今朝、確かに持ってきていたはずなのに。

「由奈の傘って、紺に白の水玉のだったよね?」

「ううん。その傘は妹に持ってかれちゃったから、今日は、家にあった予備のビニール傘を持ってきてたんだ」

「じゃあ、誰かが間違えて持ってっちゃったのかもな。ビニ傘なんて見た目どれも同じだし」

 森下くんが言った。

「颯太の傘に入れてもらいなよ」

 にいっと、いたずらっぽく笑う。

「あいあい傘、うらやましー」

 颯ちゃんを小突く。

 颯ちゃんは、
「あほか。小学生じゃあるまいし、それぐらいではしゃぐなよ」
 と、クールな対応。

 それぐらいで……か。
 たしかに、あいあい傘どころか、わたし……。

 ふいに、公園で抱きしめられた時の記憶が蘇った。
 な、なんでこんなタイミングで。

「あれ? 由奈ちゃん顔赤くない?」

 からかわれて、

「そ、そんなことないし!」

 とっさに、ムキになって言い返してしまった。

 どうして森下くん、そんなことばかり言うんだろう。

 むすっとむくれながら、校舎を出ると、ちょうど雨は止んでいて、傘をささなくても全然平気だった。

 学校から続く坂道を下りきったところで、映画館に行く絵里と森下くんと別れた。

 楽しそうにおしゃべりしながら寄り添い歩いていくふたりの姿を見送る。

 絵里は、森下くんと付き合い始めてから、雰囲気がやわらかくなった。
 もともときれいな子だったけど、最近はもっと輝きを増していて……。
 もう、川原さんたちも文句を言えないぐらい、森下くんとは、お似合いのカップルだ。

 わたしも、また、恋をしたいなあ。
 絵里を見ていると、そう思う。