放課後、わたしはひとりで帰った。

 颯ちゃんと森下くんは部活、絵里はそのままバイト先へ向かった。

 せっかくつきあい始めたのに、一緒に帰れないなんて残念だね、と言ったら、

「そんなの、どうってことないよ」
 と、絵里は苦笑した。

 絵里と森下くんが仲睦まじくふたりで下校する様子を見なくて済んだんだから、わたしとしては正直ほっと……しそうなものだけど、そんなことはなかった。

 ただ、なんとなくひとりの時間を持て余していて。
 わたしも何か部活を始めたり、絵里のようにバイトを探したりしようかなあ、なんてことを思っていた。

 家に着いてドアを開ける。
 とたんに、甘い匂いに包まれた。

「おかえり由奈」

 珍しく家にいたお母さんが出迎えてくれる。

「ただいま。何か焼いてるの? なんかいい匂いする」
「そうなの! 今日久しぶりにお仕事休みだったからね、バナナのパウンドケーキ焼いてるの~!」

 お母さんは上機嫌だ。
 お母さんが焼いた、バナナのパウンドケーキ……。
 颯ちゃん、好きだったな。

 うちのお母さんはお菓子作りが趣味。
 わたしが小学生の頃までは専業主婦だったから、よくこうしてクッキーやケーキを焼いて、わたしや妹や颯ちゃんにふるまっていた。

 キッチンで、オーブンが鳴る。

「焼けた! 早く着替えて手を洗ってきなさい。一緒にお茶しましょ」

 ほんと、楽しそうでうらやましい。

 焼きたてのパウンドケーキを食べて、紅茶を飲んで。

「全部食べちゃだめよ? お父さんと香奈の分、取っておかないと」

 お母さんは、切り分けたパンウンドケーキを二切れ、お皿に取り分けてラップをかけた。
 わたしはぼんやりと、その様子を見ていたけれど。

「ねえ……、お母さん。パウンドケーキって、作るの難しい?」

 気づいたら、そんなことを口走っていた。

「作り方、教えて」
 と。