翌日の朝。ろくに眠れなかったせいで頭がぼうっとしていた。
 力なく「いってきます」を告げて家を出ると。

「……あ」

 ちょうど、颯ちゃんがうちの前の道路を歩いているところだった。

 どうしよう!

 わたしは反射的に門扉の裏にしゃがんで身を隠した。
 そのまま。颯ちゃんの姿が視界からなくなるまで、わたしは丸く縮こまっていた。

「……ふう」

 ふらりと、立ち上がる。
 何やってるんだろう、わたし。
 別に颯ちゃんから隠れなきゃいけない理由なんてなくない? 

 とぼとぼと学校までの道を歩く。
 住宅街を抜け、国道沿いを進み、かつての遊び場だった河川敷を通り過ぎ、まだ目覚める前の繁華街をくぐりぬけ、そして、高校へとつながるゆるやかな坂道をのぼっていく。

「…………あ」

 正門のすぐそばに、よく知った背中がふたつ。

 森下くんと、絵里だ。
 ひょっとして一緒に登校してきたのかも。ということは、うまくいったんだな。
 わたしはふたりのもとへ駆けた。

「おはようっ!」

 絵里の背中をぽんっと叩くと、よほど驚いたのか、絵里の肩がびくっと跳ねた。

「ゆ、由奈……」

 振り返った絵里のほおが、赤く染まっている。

「森下くんも、おはよう!」

「お、おう。おはよう」

 森下くんもみょうに決まり悪そうにしていて、絵里にちらちら視線を送っては、赤い顔して所在なさげにしている。

「そんなに照れなくてもいいのに。わたし、全部知ってるから」

 と言うと、森下くんは「えっ」と目を丸くして、それから、恥ずかしそうに顔を伏せた。

「照れないでいいって言われても、やっぱ、な」

 ぼそっと、つぶやく。

 知らなかった。森下くんって、こんなにシャイなひとだったんだ。
 彼女ができたら学校だろうが何だろうが、かまわず堂々といちゃいちゃしそうなタイプだって思ってた。

「森下くん。絵里のこと泣かせたらただじゃおかないからね。約束して。わたしの親友を、ずっと、大切にすること」

「ちょ、由奈っ」
 絵里は真っ赤になってわたしの制服の袖をつまんで引っ張っている。

「は、恥ずかしいから。いいから、早く教室行こう?」

「約束するよ」

 わたわたとあわてている絵里のせりふをさえぎって、森下くんは、きっぱりと告げた。

「ずっと絵里を大切にする。ずっとそばにいる」

 低いけれど芯の通った声。
 森下くんの表情もきりりと引き締まって、目には強い光が宿っている。

「安心しました」
 わたしは、にこっとほほえんでみせた。

 森下くんの揺らがない心、絵里に対する気持ちが本物なんだってことが、ちゃんと伝わったから。

「由奈」
 絵里が何か言いたげにわたしを見つめた。

「平気だよ」と答えるかわりに、絵里の手をとった。
 絵里の細くてしなやかな人差し指を、そっと、握る。
 そのまま、3人で、正門をくぐり校舎へ向かった。
 百パーセント平気かって言われたら、うそになる。
 だけどわたしは、ちゃんと笑顔でいられている。