「泣くなよ」

 と、子どもの頃の颯ちゃんは言っていた。

 わたしがいじわるな男子にからかわれて、ひとりで泣いていたとき。

 そっとそばに寄って、頭を撫でてくれた。
 そして、こう言うんだ。
 泣くなよ、と。由奈はちっとも悪くない、悪いのはあいつなんだから、と。
 おれがあいつから守るから、と。

 今日は、逆だった。「泣けよ」と、颯ちゃんは言った。
 そして、本当に、気が済むまで泣かせてくれた。
 明日からまた、笑えるように。

 帰宅してもごはんがのどを通らずに、お風呂だけ入って、わたしは自分の部屋に閉じこもった。ベッドに倒れこんでタオルケットにくるまる。

 冷静になった今、猛烈に恥ずかしかった。

 わたし。颯ちゃんに抱きしめられた……。

 わかっている。小さい頃から颯ちゃんは、わたしに何かあると、頭を撫でて慰めてくれていたし、公園でのことも、その延長にすぎない。

 以前颯ちゃん自身が言っていたように、わたしたちは兄妹のようなもの。小さい頃から一緒にいるから、距離が近すぎるだけ。

 だから……、わたしがこんなにドキドキしているのは、おかしい。
 きょうだいとハグしてドキドキする? しないよね。

 それにわたし、そもそも、失恋したばかりなのに。

 ため息が、こぼれ出る。だけど、なんのため息なのかわからない。
 失恋して悲しいからなのか、それとも。……それとも。

 そのとき、ぴこん、ぴこん、と続けざまに電子音が鳴った。
 ヘッドボードに手を伸ばしてスマホを手繰り寄せる。

 メッセージ。
 ……颯ちゃんから。わたしはがばっと跳ね起きた。

“今日は、ごめん”
“由奈の話を聞くだけのつもりだったのに、おれ”

 そこで言葉は途切れている。

 何を謝っているの? 抱きしめたこと……?

 思い出した瞬間、顔にぼっと火がついた。

“気にしてないから”
 と、わたしは返信した。

“ありがとう。いっぱい泣いてすっきりした。明日からきっと、絵里や森下くんの前で、いつも通りふるまえる”

 送信してから、ふたたび、ぼふっとベッドに寝転がった。