颯ちゃんは何も言わない。
 わたしは流れ落ちる涙をハンドタオルでぬぐった。

 陽のひかりはみかん色に染まり始めている。
 風が吹いて、川面にさざ波が立つ。
 颯ちゃんの前髪も、風に揺れている。

「颯ちゃんだったら、どうする?」

 わたしは、しずかに聞いた。

「もし、自分の好きなひとに、好きなひとがいたら」

 颯ちゃんの眉が、ぴくりと動く。

「好きなひとの好きなひとが、……自分の、親友だったら」

 わたしはかかえたひざにあごをうずめた。
 こんなこと聞いて、どうするんだろう、わたし。

「……そうだな」

 颯ちゃんは、川面できらめく光の粒を、じっと見つめている。
 光の粒を映した颯ちゃんの瞳は、うっすらと、潤んでいるように見えた。

「俺だったら、好きなひとを応援する」

 きっぱりと、颯ちゃんは告げた。

「自分の気持ちは……?」

「俺の気持ちは閉じ込める。伝えない。伝わらなくてもいい」

「でも、それじゃ」

「好きなひとが幸せになることのほうが大事だ」

「親友と好きなひとがつき合ったりしたら、つらいよ? そばでふたりのことを見続けるのって」

「かまわねーよ」
 颯ちゃんは苦笑した。

「っていうかさ。……俺に聞くなよ」

「……え?」

 颯ちゃんは立ち上がった。

 草のにおいが立ち昇る。空は淡い桃色に染まり始めている。

「由奈、まじで鈍いよな」

「……颯、ちゃん?」

 颯ちゃんはわたしを見下ろすと、ふわっと笑った。

「帰ろう。暗くなる」

「……ん」
 わたしも立ち上がった。

 胸の中にたまっていたもやもやを、全部吐き出したからか、少しだけ心が軽くなった気がする。

「ありがとう」

「俺でよかったら、いつでも話聞くから」

「……うん」

「由奈もさ。吉井と、ちゃんと話してみたほうがいいんじゃないか?」

「そう……だね」 

 その通りだ。
 勝手にいろんなことを想像して、ひとりでぐるぐる不安になっているより。絵里と、ちゃんと正面から向き合って、話をしたほうがいいに決まってる。

 わたしも、絵里に、正直な気持ちを話してほしい。

 森下くんと何かあったのか。

 絵里の気持ちは、どうなのか。

 聞かなきゃいけないって、思った。

 ……親友、だから。