どうして、君のことばかり。

 かたやわたしは……、って、遺伝子レベルのことを嘆いてもしょうがない。

「颯ちゃん、待ってて」

 わたしは咲いたばかりのバラの花を数本摘んでトゲを取り、颯ちゃんに渡した。

「これ、おばさんに。いい香りだよ」
「いいのか? ありがとう」

 淡いピンク色のバラを受け取った颯ちゃんの表情が、ふわっとほころんだ。

「マジでいい香りするんだな。バラって」
 バラに鼻を近づけて、香りを吸い込んでいる。
 やさしい、やわらかい笑顔。

「母さん、喜ぶよ。ほんとにありがとうな」

 顔を上げた颯ちゃんの瞳は、きらきらと輝いていた。

 そんなに感謝してもらえるなんて、わたしのほうこそ、うれしい。お花を育てて良かったなあ。

「由奈」

「? うん」

 颯ちゃんが、ふいに、まじめな顔になった。
 わたしの目を、じっと、まっすぐに見つめている。

「由奈。その……」

「な。なに?」

 心臓がどきどきと波打った。

 颯ちゃんの目に、妙に熱がこもっているから。

 最近の颯ちゃん、時々、変だ。
 何か言いたげだったり、切なげだったり、寂しげに曇っていたり……。

「わたしに、なにか相談したいことが、……あるの?」

 誰にも言えない悩みがある、とか? でも、わたしが相談相手じゃ頼りなくて言い出せない?

「……いや」

 颯ちゃんは小さくため息をついて、首を横に振った。

「何でもない。その、由奈にはいいところがたくさんあるんだから、そのままでいろよって、言いたかった」

「えっ」

 どきっとした。
 自分のことを、森下くんにつり合わないと卑下していた、そんな気持ちを見透かされた気がして。

「由奈はそのままでいいから」

 颯ちゃんは、きっぱりと言い切った。

 放心しているわたしに、ぼそっと「じゃな」とだけ告げて、颯ちゃんは自分の家に帰っていった。