夕方5時、秘密基地だった河川敷で待ち合わせ。


 気持がはやって落ち着かなくて、わたしは早めに家を出た。

 門扉を閉める時、お隣の家が視界に入る。

 敷地には、「売り家」と書いた不動産屋の看板が立っている。

 颯ちゃん一家が住んでいたのは、もう過去のことになってしまった。

 こみ上げる寂しさを飲み込んで、わたしは足早に歩く。
 といっても、慣れない浴衣と下駄だから歩きにくくて、もどかしい。

 今日は、あの川の川下で、花火が上がる。

 河川敷沿いの小道には、ずらりと屋台が立ち並んで、お囃子が鳴り響く。

 颯ちゃんと一緒に、お祭りに行くのだ。

 今日わたしが身に着けているのは、絵里と一緒に選んで買った、新しい浴衣。
 青紫の桔梗の花が散っている、上品で大人っぽい柄。
 髪もアップにまとめて、白いお花のかんざしを挿した。

 ……わたし、変じゃないかな。

 早めに待ち合わせ場所に着いたわたしは、手鏡で何度も髪をチェックした。
 眉も、ちょっとだけマスカラを塗ったまつ毛も、ちゃんときれいにキープできてるかな。

「由奈」

 呼ばれて、顔を上げる。

「颯ちゃん」
 うれしくて、笑顔になる。
 颯ちゃんはちょっとだけ驚いたふうに目を見開いて、そして。

「すげー、可愛い」

 と、ぼそっと、つぶやいた。

「あ、ありがと……」

 ものすごく恥ずかしくて、うつむいてしまう。
 
 颯ちゃんもわたしから目をそらして、頬を赤く染めた。

「行こうか」
「う、うん」

 ただでさえ歩くのが遅いわたしなのに、浴衣と下駄のせいで更にもたもたしてしまう。

 そんなわたしに気づいて、颯ちゃんは歩幅を狭めて、スピードを更に落とした。

「おしゃれすんのも、大変なんだな」
「そうなの。大変なんだよ」

 颯ちゃんに「可愛い」って思ってもらうためです。
 暑いのも、歩きづらいのも我慢するんです。
 シンプルに、「祭りに浴衣だとテンションあがる!」っていうのも、もちろんあるけどね。