颯ちゃんの隣で見る景色が、昨日までのそれとは、全然違って見えるのはどうしてだろう。

 何を見ても、何を聞いても胸が締め付けられる感じがして、息がしづらい。

 ふいに、颯ちゃんがわたしのほうを見た。

 目が合って、ありえないほど胸がどきどきと高鳴った。

「颯……ちゃん」

 わたしの声はかすれて、震える。

 信号が青に変わる。
 そばで信号待ちをしていた自転車が、すうっとわたしの横を通り過ぎていく。

「早く渡ろう。ここ、すぐに変わるから」
「う、うん」

 早足で横断歩道を渡る、わたしの手と、颯ちゃんの手が、一瞬、わずかにぶつかった。

 瞬間、かあっと全身に熱が回った。

 もう、戻れないんだと思った。

 颯ちゃんのことを、ただの幼なじみだと思っていたころには。

 気づいた瞬間から、わたしの気持ちは風船のようにどんどんふくらんで、このまま閉じ込めたままじゃ、いつかはじけ飛んでしまいそう。

 だけど。

「由奈」

 胸がいっぱいで、何もしゃべれなくなってしまったわたしの顔を、颯ちゃんはそっとのぞき込んだ。

「大丈夫か? また、具合悪くなった?」

 ぶんぶんと、首を横に振った。

「その。颯ちゃんは、……いつ」

 あの家を、出て行ってしまうの?

「夏休みには」

 すぐに颯ちゃんは答えた。

「今、母さんが新しいマンション探してる。祖父ちゃんの具合があんまりよくないから、母さんの実家から近いとこで、なおかつ職場からも離れすぎてないところって条件で」

「それって、どこなの?」

 颯ちゃんは、隣の市の名前を告げた。

「高校へは、電車で通うことになると思う」

「転校は、……しないで済むんだ」

「せっかく勉強頑張って入った高校だし、別の高校の編入試験を受けるのも正直負担が大きいし。これがベストだと思う」

「そっか……」

 高校まで離れるわけじゃないと聞いて、わたしはほっとした。

 颯ちゃんは今までの環境から大きく変わってしまうわけだから、わたしがほっとするのは勝手な気がしたけど。

「だからさ。こんな風に、同じ通学路を一緒に帰れるのは、あと少しだ」

「そう……だね」

 湿気をふくんだ風が、まとわりつく。
 もうすぐ梅雨がきて、そうしたらすぐに夏がくる。

「颯ちゃん」

「ん?」

「その。これから夏休みまで、毎日……、一緒に帰っても、いい?」