「タイム、計ってよ。」

─懐かしい。

体育で来てるはずなのに、そう思ってしまう。

「他の人は?」

「帰った。最後に一回、計ろうと思って」

…まだ6月だからか。

「…わかった。」

後ろめたい気持ちが心に広がる。
でも、見たい。

整理のつかない気持ちがすごく、苦しい。

彼は主にクロール専門。

私の掛け声とともに彼が飛び込む。

綺麗なフォームで、静かに飛び込み
水を切るように進んでいく。

水と遊んでるみたいで、もっと、もっとって彼の全身が叫んでいた。

小さな気泡が包み込んで

─綺麗だった。─


それと同時に私の体が
ブレーキをかけつつも、触れたい。
心が、泳ぎたい。と訴えてくる。

そんな歯痒い気持ちが苦しくなる。

バシャッ。

「53.06」

速い。クロールの100m。さすがである。

でも彼は不満気に

「やっぱり53秒台か。」

確かに、私の弟もタイムは52秒台だったはず。
陸上でもそうだけど
水泳も0.01の数字が大きく関わる世界。

私にはその大事さがわかる。
だから、彼にこれで"速いじゃん"なんて言葉はかけられない。

「…泡も、味方にすればいい。」

泡は推進力が下がる。
抵抗を減らすようすればいい。

「…え?」

水泳は、自分だけでは出来ない。

─水も生きている。─

─水とともにある。─

楽しまなきゃ、タイムも縮まらない。─

「んーん。私帰るね。ばいばい」

あぁ、苦しいな。

「ちょっと待ってて。すぐ着替えてくるから」

え?

「ちょ、吉良君!」

そう声をかけたときには彼はいなかった。