「あ。紺野だ!」

 焼きそばの屋台の横に設置されたベンチに座る少年を、食べ終わった綿あめの棒で凌太が指しながら、声を上げた。

 クスコを肩に乗せた大地は、凌太と律の後ろを歩きながら、横にいるさくらに小声で問いかけた。

「……あいつコンノか」

 さくらは頷いた。

「うん。懐かしい?」

 大地は首を縦に振った。

 大地がよく女の子と間違えてた紺野は、心なしか少年らしく成長しているようだ。

「いつも遊ばないで本ばっか読んでるから、あいつ目立つんだよな」

「よ、紺野!」

 屋台の脇にあるごみ箱に、綿あめの棒を投げ入れながら、凌太はベンチの方角へ声をかけた。

「みんな!」

 ベンチに腰かけていた、白ポロシャツに薄グレーのスラックス姿の、紺野と呼ばれたその少年は、我に返った様子で顔を上げた。

 少し伸びてきた黒髪をさらっと揺らした紺野は、黒縁メガネがよく似合う色白少年である。

 今まで彼は、手元にある分厚い本を読んでいたようだ。

「まーだやってる」

 今声をかけた凌太をはじめ、律、さくら、結月、大地の存在を確認すると、紺野は「あっ!」と声を上げた。

「よ。久しぶりだな、コンノ」

「……大地。久しぶ…………う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 大地の肩の上に止まるクスコの存在に気づき、紺野は大きな叫び声をあげた。

 仰天(ぎょうてん)した彼は、虫が這うかのように手足を巧みに使いながら後ずさり、ベンチから転げ落ちそうになった。

「……新鮮な反応だな」

 大地は、開いた口が閉まらなくなってしまった。

 今まで誰一人としてクスコを怖がらなかったので、紺野の様子が逆に、面白いと感じてしまう。

 翼をパタパタと動かし、『ぶーん』という音を立てながら、クスコは大地の肩から空中へと飛び上がった。

 そんな彼女を指さしながら、紺野は震える声をあげている。

「……な、ななななにそれ?!!」

「────そんなに驚かれると、何だか傷つくのう」

 クスコは悲しそうに、嘆きの声を発した。

「わっ!! しししし喋った!!!」

 大地は思う。
 ……もし。

 自分が今ドラゴンの姿に変身して、クスコと一緒にパタパタ飛んだとしたら?

 こいつ(コンノ)は一体、どんな反応を示すのだろう。

 …………やらないけど。

「喋ってはいかんかったかのう?」

 紺野の周りをくるくると旋回するように飛び、クスコは彼に注目した。

「ギャッ! や、…………やめ!!」

 …………やめてほしい、と言いたいのだろうか。大地は少し、紺野が可哀相になってきた。

 さくらは困ったような表情になり、結月はぼーっと成り行きを見守り、律と凌太は紺野の反応を明らかに面白がっている。

 クスコは紺野の肩の上に、わざとゆっくり近づいて、止まって見せた。

「ギャーーーーー!!! 怖い怖い怖い!!!!!」

 大嫌いなゴキブリや恐怖映画体験を上回る迫力だとでも言いたげに、口を大きく開けた紺野は、泡を吹いて今にも失神しそうになっている。

「面白いやつじゃ」

「クスコ。もうやめとけ」

 さすがにそろそろ止めようと思い、大地は彼の肩に止まったクスコを両手で包みこみ、自分の肩の上に乗せ直した。

「紺野君。このドラゴンね、クスコっていうの」

 さくらが紹介すると、紺野は大地の肩に止まったクスコを、震えながらちらりと見た。

「クスコ? それが名前?」

 紺野に聞かれ、さくらはクスコの方を見た。

「うん。そうでしょ? クスコ」

 クスコは「うーむ」と言いながら、首を傾げた。

「多分な。ワシャ、記憶がおぼろになっとってのう。自分が『クスコ』だという事以外、覚えていないのじゃ」

「……ほーなの(そーなの)? 故障??」

 と、律がりんご飴をほおばりながら尋ねると、クスコは頷いた。

「うむ。ワシャよく『クスコ』と呼ばれておったのじゃよ。それは覚えとるのじゃがの」

「『クスコ』。それ、どこかで」
「でもさ。飛べるロボってだけで、すっげえよな!」

 凌太が紺野の声に言葉をかぶせ、にぱっと笑った。

「ロボ? …………いやしかし」

 紺野がこう言いながら立ち上がった拍子に、ベンチに置かれていた分厚い本が、地面にポトリと落ちてしまった。

「ロボットにしては動きが滑らか過ぎる……。どう見ても、クスコは生きているように見えるんだけど……」

 恐る恐る紺野はクスコに近寄り、大きな二重瞼を見開きながら、観察を始めた。

 バレたか。
 今度はどう胡麻化そう。

 クスコの正体がロボじゃない事を、紺野は完全に見抜いたようだ。

 大地は彼の本を拾い上げ、パラパラと中身を覗きながら思案に暮れた。

「おぬしはコンノという名か」

「は、はい!!」

 紺野はピピーンと背筋を正し、ギクシャクとクスコに挨拶をした。

「よよよよろしくお願いします! ぼぼぼぼ僕は、紺野和真(こんのかずま)と申します」

「紺野和真か。よろしゅうの」

「紺野でいいです」

 大地の肩に止まっていたクスコは、彼が見ていた本を覗きながら、紺野に話しかけた。

岩時神楽(いわときかぐら)の本かえ、紺野や」

 紺野は徐々に素の表情に戻りながら、クスコに返事をした。

「は、はい」

「どうして今、その原本を読んでんだ? 紺野が作った神楽の台本はもう出来てるし、とっくにみんなに配られてるだろ」

 凌太が問いかけると、紺野はこめかみに指を当て、「そうなんだけどね……」と言いながら、ため息をついた。

「実は何度考えてもしっくりこない部分があったから、こっちを読み返してたんだ。必要なシーンは全部デフォルメして、入れたはずなんだけど」

 さっきの結月みたいな事を言ってるな。

 と大地は不思議に思って、彼に尋ねた。

「この原本のままじゃ、舞台はできないのか」

 紺野は頷いた。

「うん。元々の岩時神楽は500年以上前に確立された、伝統芸能なんだ。けど、高校生が演じるにはあまりにも古くて、難解すぎるんだよ。全部演じ切ったら、それこそ二日以上かかるくらい長いしね」

「…………へぇ」

 大地は知らなかった。

 確かに七年前の本祭りで、舞台劇は行われていない。

 和太鼓や琴などによる岩時神楽という名の音楽祭が、催されていただけだった気がする。

「今回、岩時高校の有志メンバーで舞台劇による『岩時神楽』を本格的に復活させてみようという事になったんだ。どうせやるなら、見てくれる人にちゃんと伝わるように、原本の内容を短かくしたり、手を加えたりしたんだよ」

 さくらが手に持っていた巾着袋の中から、紺野が作ったという台本を取り出して、大地に渡した。

「紺野君の台本、本当にすごいんだよ! 岩時神楽のいい所がたくさん、誰が見ても伝わるように描かれてるの。私はこの台本、とってもいいと思うんだけどなぁ…………」

 大地は紺野が作ったという台本を、パラパラとめくった。

 ちょっと見ただけでも、なかなか面白そうな内容のようである。
 
 岩時神楽への興味がだんだん、大きくなってくるのを大地は感じた。

「早く見たいな。神楽」

 呟いた大地に、さくらは微笑みかける。

「もうすぐ見れるよ!」

 律と凌太も自信ありげに、大地に向かって笑顔を見せた。

 だが、結月と紺野は気がかりな事の解明に、忙しく脳内を働かせているようだった。















「カナメ様!」


 癖のあるオレンジ色の髪を高い位置で結んだ15歳くらいの少年は、岩時神社のシンボルである大きな白い鳥居の真下で、ある人物の前で(ひざまず)き、(こうべ)をたれている。

「……どうした、シュン。顔を上げろ」

 シュンと呼ばれた少年は、自分の目の前に立つ背の高い、人間の姿をした獅子(しし)カナメに藍色の瞳を向けて、恐る恐る進言を始めた。


「侵入者です。黒龍(こくりゅう)側の神々が5体。先ほど本殿の方角から、姿を現しました」


 カナメは黄金に輝く両眼を大きく見開き、少年を射すくめるように見た。


「…………なんだと」