神社の境内は、提灯と灯篭で明るく照らされている。
「兄ちゃん達、寄ってけよ!」
出店の方から、威勢のいい呼び声がかかる。
気心の知れた仲間と一緒に歩いているだけで、大地の心はうきうきと弾んでしまう。
律と凌太はせわしなく出店をチェックしては、笑い声をあげている。
その少し後ろを大地は、さくらと二人でゆっくり歩いた。
「岩時神楽には、さくらも出るのか」
問いかけると、さくらは頷いた。
「うん」
さくらはそっと、手を添えながら大地に小さく耳打ちをした。
吐息が直に、耳にあたってくすぐったい。
「筒女神?」
さくらは顔を赤くしながら頷いた。
『筒女神』とは、北極星になったといわれた、岩時の女神の名前である。
「大役なんだよね……」
さくらは肩をすくめ、『どうして私が』という表情を見せている。
そういえばさくらは昔、『イインチョ』というあだ名で呼ばれていた。
あの時期も確か、今のような表情を見せていたことを大地は思い出した。
どうやら『筒女神』も、さくらにとっては『イインチョ』と同じくらい、不本意な役回りなのかも知れない。
「すげーじゃん。宇宙の中心になった姫だ」
「……うん」
遠い昔、夜空に輝く星たちはすべて『筒』と呼ばれていたそうだ。
岩時町に住む人々は、夜空に輝く北極星を、筒の中心にあたる『筒女神』と名づけ、心から敬っていた。
「舞台の時間が近づいてるから、実は緊張してるんだ」
「何時からなんだ?」
「8時。子供たちの盆踊りが終わったら、すぐ開演なの」
大地は神社の隣にある岩時公園に設置された、時計台の時刻を見た。
まだ6時前だ。開演まであと2時間以上は余裕がある。
「そっか。頑張れよ」
「うん。ありがとう、大地」
大地がさくらの頭にぽんぽんと優しく触れると、彼女の頬はほんのりと赤くなった。
「あー! ラブシーンしてる!」
「ますます空気が熱苦しくなるから、二人っきりの時にやってくれよ」
律と凌太が後ろを振り向き、大地とさくらをからかった。
一年が経過した事を全く感じさせない、すぐに溶け込めてしまう仲間達の雰囲気が心地よい。
幸せな気持ちが溢れ、大地は祭囃子に合わせて鼻歌を歌った。
ワイワイ会話しながら進んでいくと、中央の広場に設置された大舞台の袖に、黒いTシャツにブルージーンズ姿の一人の少女が、腕組みをしながら立っていた。
「結月!」
さくらが声をかけると、結月と呼ばれたその少女は振り向いた。
黒いボブカットをサラっと揺らし、さくら達4人に向かって無表情のまま呟いた。
「……みんなだ」
この石上結月は、さくらの大親友である。
大地は親しみを込めた口調で、彼女に声をかけた。
「よ、ユヅ。元気だったか?」
奥二重のきりっとした瞼を動かした結月は、はじめて大地の存在に気がつき、カタコトの口調を繋ぎ合わせて返事をした。
「元気。大地だ……まぼろし?」
「本物」
毎年恒例のやり取りを交わす。
無表情なのはいつもの事だが、結月が何だか去年よりも『心ここにあらず』に見えて、大地はそれが気になった。
「どうしてぼーっとしてたんだ?」
「……考え事してた」
結月はふと、大地の肩の上できょろきょろと、首を動かしながら祭りを見物している、小さなクスコの存在に気がついた。
「この子は?」
「ドラゴンのロボ。クスコだ」
「へぇ。動いてる」
『動くな! 喋るな、クスコ!』
大地はそう念じながら、クスコをじろりと睨みつけた。
「おぬし、名は結月というのか」
「……!」
『喋るなっつーの!!!』
大地は心の中で叫んだ。
面倒な問答をこれ以上、繰り返したくはない。
「ほれ、返事をせい」
まさか喋り出すと思わなかったのであろう。
ぎょっとした表情で結月はクスコを見つめている。
結月を見つめ返すクスコの青く澄んだ瞳が、ゆらゆらと揺れていた。
「…………」
結月はロボットのような動作で首をゆっくり縦に振り、クスコを『ぴっ』と指さしながら、さくらに短く話しかけた。
「……喋った」
「うん。クスコね、喋れるみたい! 可愛いよねぇ」
後ろで手を組みながら、さくらは結月に笑いかけた。
『可愛いか?』
とツッコミたくなったが、大地はぐっと我慢した。
「……うん。可愛い」
『可愛いかぁ??』
グロテスクな白龍が、小さくなっただけだろうが??
クスコが可愛いなら俺のドラゴン姿が小さくなった方が断然可愛いぞ?
なにせ桃色だからな??
クスコより俺の方が肌は、ツルツルすべすべしてるしな???
と、大地は結月とクスコを交互に見つめ、腕組みをしながら脳内に、たくさんのハテナマークを横切らせた。
結月はクスコに笑顔を向けた。
「クスコ、私は結月」
「よろしゅうのう」
クスコに顔を近づけたまま、結月はじっと動かなくなった。
自分の肩に触れそうな距離の結月から、柚子に似た爽やかな柑橘系の香りが漂ってくる。
それを感じた大地は、ぞくっと肌が泡立つのを感じた。
────?!
まただ。
あの渇き。
さくらに抱いた、さっきの感覚に似てる。
どうして結月にも感じたんだ?
心が大きく揺れ動き、大地は自分で自分がわからなくなった。
「完成したんだね。すごいよ、結月!」
さくらが舞台に設置された大きな絵を見つめ、感嘆の声をあげた。
そこには岩時神社に祀られた5体の神々と、岩時町の人々が100人ほど、綿密に描かれていた。
青を基調とした色鮮やかな、その絵の迫力は凄まじい。
今にも生き生きとした神々や人々が、飛び出してきそうに見える。
絵の中央に、凛とした表情で立っている主神は、人々を明るく照らしながら輝く『筒女神』だ。
その『筒女神』を『岩の神』、『時の神』、『泡の神』、『道(未知)の神』が囲むようにして立っている。
岩時町に住むたくさんの人々は、さらにその神々を囲んで、彼らの姿に気づかないまま、それぞれ祭りの宴を楽しんでいた。
「うん、とりあえず完成」
感嘆の声を上げていた律が、結月の方を振り返った。
「え。『とりあえず』って、さらに手を加えるの? 十分素敵だよ! 今夜がお披露目なのに間に合う?」
「何か足りない気がする。それが何なのか、わからない」
「そっか。見つかるといいね」
律の言葉に、結月はこくりと頷いた。
「スゲェよな……この絵、今日の舞台のためだけに描いたんだろ?」
「そーなのか」
ため息をつきながら凌太が褒めると、大地がますます感心して絵を眺めた。
「うん。祭りが終わったらこれは、燃やす予定」
「せっかく一年くらいかけて描いたのに勿体ないよな、お披露目が一日だけじゃ。祭りが終わったらこの絵、燃やさないで何かのコンクールに出してみれば?」
結月は舞台に設置された大きな絵をじっと見つめたまま、凌太に答えた。
「ううん。これは、大好きな人たちへの想いを込めて描いたものだから。舞台の一部になってくれれば、いい」
「んじゃ撮影して、残しとく」
凌太はスマホで結月の絵を、写真や動画にして保存した。
夜空に突然、最強神のしもべが姿を現した。
泡の神ウタカタである。
ウタカタはクスコの体に刺さっていた、破魔矢から飛び出た5つの黒い珠のうちの、1つだった。
シャボン玉のような虹色の美しい泡に、ウタカタはパッと姿を変えた。
「光る魂、みーつけた。無くなる前に、早く食べちゃいましょー!」
くるくると泡の神は、その形を変え続けた。
虹色の泡が連なり、天と地の架け橋となる、蛇の形へと姿を変えた。
美しかったはずの虹が、邪悪な生き物に変化したかのようである。
神の世界と人の世界の『境界』を簡単に破る『ナナイロ』という名の力を使って、泡の神ウタカタは、結月と彼女が描いた絵を、狙おうとしていた。
「兄ちゃん達、寄ってけよ!」
出店の方から、威勢のいい呼び声がかかる。
気心の知れた仲間と一緒に歩いているだけで、大地の心はうきうきと弾んでしまう。
律と凌太はせわしなく出店をチェックしては、笑い声をあげている。
その少し後ろを大地は、さくらと二人でゆっくり歩いた。
「岩時神楽には、さくらも出るのか」
問いかけると、さくらは頷いた。
「うん」
さくらはそっと、手を添えながら大地に小さく耳打ちをした。
吐息が直に、耳にあたってくすぐったい。
「筒女神?」
さくらは顔を赤くしながら頷いた。
『筒女神』とは、北極星になったといわれた、岩時の女神の名前である。
「大役なんだよね……」
さくらは肩をすくめ、『どうして私が』という表情を見せている。
そういえばさくらは昔、『イインチョ』というあだ名で呼ばれていた。
あの時期も確か、今のような表情を見せていたことを大地は思い出した。
どうやら『筒女神』も、さくらにとっては『イインチョ』と同じくらい、不本意な役回りなのかも知れない。
「すげーじゃん。宇宙の中心になった姫だ」
「……うん」
遠い昔、夜空に輝く星たちはすべて『筒』と呼ばれていたそうだ。
岩時町に住む人々は、夜空に輝く北極星を、筒の中心にあたる『筒女神』と名づけ、心から敬っていた。
「舞台の時間が近づいてるから、実は緊張してるんだ」
「何時からなんだ?」
「8時。子供たちの盆踊りが終わったら、すぐ開演なの」
大地は神社の隣にある岩時公園に設置された、時計台の時刻を見た。
まだ6時前だ。開演まであと2時間以上は余裕がある。
「そっか。頑張れよ」
「うん。ありがとう、大地」
大地がさくらの頭にぽんぽんと優しく触れると、彼女の頬はほんのりと赤くなった。
「あー! ラブシーンしてる!」
「ますます空気が熱苦しくなるから、二人っきりの時にやってくれよ」
律と凌太が後ろを振り向き、大地とさくらをからかった。
一年が経過した事を全く感じさせない、すぐに溶け込めてしまう仲間達の雰囲気が心地よい。
幸せな気持ちが溢れ、大地は祭囃子に合わせて鼻歌を歌った。
ワイワイ会話しながら進んでいくと、中央の広場に設置された大舞台の袖に、黒いTシャツにブルージーンズ姿の一人の少女が、腕組みをしながら立っていた。
「結月!」
さくらが声をかけると、結月と呼ばれたその少女は振り向いた。
黒いボブカットをサラっと揺らし、さくら達4人に向かって無表情のまま呟いた。
「……みんなだ」
この石上結月は、さくらの大親友である。
大地は親しみを込めた口調で、彼女に声をかけた。
「よ、ユヅ。元気だったか?」
奥二重のきりっとした瞼を動かした結月は、はじめて大地の存在に気がつき、カタコトの口調を繋ぎ合わせて返事をした。
「元気。大地だ……まぼろし?」
「本物」
毎年恒例のやり取りを交わす。
無表情なのはいつもの事だが、結月が何だか去年よりも『心ここにあらず』に見えて、大地はそれが気になった。
「どうしてぼーっとしてたんだ?」
「……考え事してた」
結月はふと、大地の肩の上できょろきょろと、首を動かしながら祭りを見物している、小さなクスコの存在に気がついた。
「この子は?」
「ドラゴンのロボ。クスコだ」
「へぇ。動いてる」
『動くな! 喋るな、クスコ!』
大地はそう念じながら、クスコをじろりと睨みつけた。
「おぬし、名は結月というのか」
「……!」
『喋るなっつーの!!!』
大地は心の中で叫んだ。
面倒な問答をこれ以上、繰り返したくはない。
「ほれ、返事をせい」
まさか喋り出すと思わなかったのであろう。
ぎょっとした表情で結月はクスコを見つめている。
結月を見つめ返すクスコの青く澄んだ瞳が、ゆらゆらと揺れていた。
「…………」
結月はロボットのような動作で首をゆっくり縦に振り、クスコを『ぴっ』と指さしながら、さくらに短く話しかけた。
「……喋った」
「うん。クスコね、喋れるみたい! 可愛いよねぇ」
後ろで手を組みながら、さくらは結月に笑いかけた。
『可愛いか?』
とツッコミたくなったが、大地はぐっと我慢した。
「……うん。可愛い」
『可愛いかぁ??』
グロテスクな白龍が、小さくなっただけだろうが??
クスコが可愛いなら俺のドラゴン姿が小さくなった方が断然可愛いぞ?
なにせ桃色だからな??
クスコより俺の方が肌は、ツルツルすべすべしてるしな???
と、大地は結月とクスコを交互に見つめ、腕組みをしながら脳内に、たくさんのハテナマークを横切らせた。
結月はクスコに笑顔を向けた。
「クスコ、私は結月」
「よろしゅうのう」
クスコに顔を近づけたまま、結月はじっと動かなくなった。
自分の肩に触れそうな距離の結月から、柚子に似た爽やかな柑橘系の香りが漂ってくる。
それを感じた大地は、ぞくっと肌が泡立つのを感じた。
────?!
まただ。
あの渇き。
さくらに抱いた、さっきの感覚に似てる。
どうして結月にも感じたんだ?
心が大きく揺れ動き、大地は自分で自分がわからなくなった。
「完成したんだね。すごいよ、結月!」
さくらが舞台に設置された大きな絵を見つめ、感嘆の声をあげた。
そこには岩時神社に祀られた5体の神々と、岩時町の人々が100人ほど、綿密に描かれていた。
青を基調とした色鮮やかな、その絵の迫力は凄まじい。
今にも生き生きとした神々や人々が、飛び出してきそうに見える。
絵の中央に、凛とした表情で立っている主神は、人々を明るく照らしながら輝く『筒女神』だ。
その『筒女神』を『岩の神』、『時の神』、『泡の神』、『道(未知)の神』が囲むようにして立っている。
岩時町に住むたくさんの人々は、さらにその神々を囲んで、彼らの姿に気づかないまま、それぞれ祭りの宴を楽しんでいた。
「うん、とりあえず完成」
感嘆の声を上げていた律が、結月の方を振り返った。
「え。『とりあえず』って、さらに手を加えるの? 十分素敵だよ! 今夜がお披露目なのに間に合う?」
「何か足りない気がする。それが何なのか、わからない」
「そっか。見つかるといいね」
律の言葉に、結月はこくりと頷いた。
「スゲェよな……この絵、今日の舞台のためだけに描いたんだろ?」
「そーなのか」
ため息をつきながら凌太が褒めると、大地がますます感心して絵を眺めた。
「うん。祭りが終わったらこれは、燃やす予定」
「せっかく一年くらいかけて描いたのに勿体ないよな、お披露目が一日だけじゃ。祭りが終わったらこの絵、燃やさないで何かのコンクールに出してみれば?」
結月は舞台に設置された大きな絵をじっと見つめたまま、凌太に答えた。
「ううん。これは、大好きな人たちへの想いを込めて描いたものだから。舞台の一部になってくれれば、いい」
「んじゃ撮影して、残しとく」
凌太はスマホで結月の絵を、写真や動画にして保存した。
夜空に突然、最強神のしもべが姿を現した。
泡の神ウタカタである。
ウタカタはクスコの体に刺さっていた、破魔矢から飛び出た5つの黒い珠のうちの、1つだった。
シャボン玉のような虹色の美しい泡に、ウタカタはパッと姿を変えた。
「光る魂、みーつけた。無くなる前に、早く食べちゃいましょー!」
くるくると泡の神は、その形を変え続けた。
虹色の泡が連なり、天と地の架け橋となる、蛇の形へと姿を変えた。
美しかったはずの虹が、邪悪な生き物に変化したかのようである。
神の世界と人の世界の『境界』を簡単に破る『ナナイロ』という名の力を使って、泡の神ウタカタは、結月と彼女が描いた絵を、狙おうとしていた。