洞窟内はいつしか、様々な色と形をした扉サンプルで一杯になっていた。

「これにする」

 大地は薄い桃色の、長方形で装飾の無い扉を指さした。

「え。もう決めたの? もっと迷ったっていいのに」

 即決した大地を、クナドはヘンテコな生き物を観察するような眼差しでジロジロと見つめた。

「…………ファイナルアンサー?」

「ファイ……何だそれ? これ以上扉を出されると選ぶのが面倒だし、これでいいっつってんだろ!」

 歩く場所が無くなりそうなので、早く決めてしまった方がいい。

「そういうものかな? たくさんの中からあれこれ吟味して、自分の好みのものを選ぶのが楽しいんじゃないか」

「……迷うのはあまり好きじゃ無い」

「ふぅん、じゃ僕と逆だ」

 クナドは呪文を唱えて黒樺の杖を一振りした。

 ────シュッ!

 その瞬間、大地が選んだ桃色の扉以外は全て、どこかへと消え去った。

「でもお目が高いね。この扉は僕のイチオシだ。じゃあ早速、中へどうぞ」

 椅子から立ち上がったクナドは、鍵穴に黒い鍵を差し込んでドアを開け、恭しい仕草で大地を中へと促した。

 大地がドアの中へ入る瞬間、彼の腰に見覚えのある何かが刺さっているのが、偶然クナドの目に留まった。

 細くて長い、一本の破魔矢(はまや)である。

『────あれ。どこかで』

 矢竹(やだけ)が赤い色、矢羽(やばね)が白色だが強い芯を持つ、最強神だけが使える大きな術が施された…………

『────あ!』

 クナドはようやく思い当たった。

 クスコを殺そうとした時に自分が姿を変えて潜んでいた、あの矢だ。

 間違いない。

『そうか、大地はあの時の────』

 破魔矢を抜いた、桃色のドラゴンだったのか。

 おかげで計画が狂ってしまい、自分達は予期せぬ事態に陥ったのだ。

 クスコの息の根を止める目的は果たせず、現在彼女は行方不明。

 使命を果たせなかった自分達は、このまま帰ると間違いなく、最強神の手によって暗殺されてしまう。

 『光る魂』を狩って持ち帰り、ミナ様のご機嫌を取らなければならない。

「………なるほど、桃色の扉ね」

 君が、桃色のドラゴンだからか。

 クナドは扉の中へと入っていく大地の後姿を見ながら、意地の悪い微笑みを浮かべた。

 中と外は別世界。

 鍾乳洞はどこかへと消え、古い日本の城下町のような風景が広がっている。

 よく見ると地形が岩時町と同じだ。

 北側と西側は、海で囲まれている。

 高台には今と同じ桜の木が存在するが、あって当然のはずの岩時神社がどこにも無い。

 神社があるはずの場所には、別の建物がそびえ立っていた。

 幻の岩時城である。

 いくつかの櫓や塔で守られながら形成された、周囲が城壁でぐるっと囲まれた、黒石を基調とした壮麗な城。

 岩時城は元々、物語の中にしか存在しない。

 遠い過去に海へと沈み、現代では海底から時折姿を現すという、不思議な言い伝えがあった。

 躊躇しながら大地は中へと一歩を踏み出し、後ろ手で扉を閉めた。

 巨大な城門の手前には、一人の少女が佇んでいる。

 白地に黒と白の巴紋が散りばめられた浴衣の上に、赤い生地の法被(はっぴ)を羽織っている風変わりな彼女は、大地を見ると立ち上がり、元気良く挨拶を始めた。

「はじめまして。岩時の城へようこそ! 私はユミヅチと申します」

 ユミヅチと名乗った子は、茶色がかった髪を肩のあたりで切り揃えた、快活そうな美少女である。

 イベント受付嬢のようにてきぱきと、彼女は大地に質問を始めた。

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

「大地だ」

「大地様ですね」

 正式な記録には何一つ残っていないが、ユミヅチという名の海神が幻の岩時城にいたという伝説が存在する。

 岩時の地に住む人なら誰もが知るユミヅチが今、大地の目の前にいる。

 さくらに聞かせたら、喜ぶだろう。

 後ろを振り向くと、通ったはずの扉は跡形も無く消えている。

 クナドの姿も当然────

「君、案内人なの? かーわいい!」

 大地はぎょっとした。

 すぐ左横にクナドが立っており、鼻の下をデレデレと伸ばしながらユミヅチを観察している。

 ────気配を感じなかった?!!

 それよりコイツいつの間に、扉の中に入ってたんだ?

 気づくとクナドは、ユミヅチの右手を両手で握りしめていた。

「ユミヅチちゃんね、はじめまして! 僕の名はクナドだよ。道の神をしているんだ。君、案内人でありながら、あざと可愛さが神がかってるね? さーすーがーはー、僕が出した扉の…………」

 クナドは頭に激痛が走った。

ギャワッ(いたい)!!!」

「うおっ!!!」

 ドキドキが襲ってきた大地は、顔が真っ赤になりながら心臓を抑えた。

『何なんだこれは、さっきから!!』

 ユミヅチはそんな二人には気づかず、にこやかな笑顔で手に持っていたクラッカーを突然鳴らした。

 パアン!

「おめでとうございま~っす!!」

 金銀の細いリボンが勢いよくクラッカーの中から飛び出して、大地の頭にパラパラとかかる。

「……おめでとうって、何が?」

 鬱陶しそうにリボンを払いながら大地が答えると、彼女は大地の両手をぎゅっと握った。

「大当たり確定で〜すっ!」

「は?」

 …………何が当たったんだ?

 大地の耳元に手を当て、ユミヅチはそっと呟いた。

「お・ん・な・の・こ」

「はぁっ?!」

 大地の心臓が『ギュワッ!!!』と音を立てて鳴った。

「ギョエッ!!!」

 それと同時にクナドは頭はギュギュッと締め付けられ、白い羽冠を両手で抑えながら涙を流してうずくまった。

「いでででで…………!!!」

 さっきから何なんだろ?

 羽冠に叱られてる気がする。

「……意味がわからねぇ」

 顔を真っ赤にしながら呟く大地を見た途端、クナドはふと思い当たった。

 どうもこの頭痛、ドギマギしてる大地とも何か関係ありそうな気がする。

 ユミヅチは大地に「はい!」と、薄桃色のつやつやとしたハート型の石を手渡した。

「この真ん中にあるボタンを押してください。いいですねぇ~♡ SRランク以上の子が確定のガチャですよ?!」

「え。ちょ何言って」
「こうするんだ」

 大地の言葉が終わるのを待たずに、クナドは無理やり大地が持つ石の真ん中の突起部分に触れようとしている。

「あ、おま、ちょ、バカ…………」

 クナドは大地の手に自分の手を上から乗せて、その突起部分をポチっと押した。

「こうしてしばらく待つんだ」
「…………おい、俺は」

 早く、さくらやあいつらを────

 しかし大地が言葉を挟む余裕は無く、桃色の石が変化を始めた。

 興奮した様子のクナドが叫んだ。

「ほら、きた!」

 徐々に、石は濃い桃色に光輝く。

「これは素晴らしいです!!!」

「すごい!!! これはもしかして、もしかすると?!!!」

「もしかしたら何なんだよ?! さっきから何言ってんだお前ら!」

 すっかりユミヅチとクナドのペースに巻き込まれ、大地は猛烈にイライラし始めた。

 やがて桃色の石は、真っ直ぐな赤髪を艶やかに腰まで伸ばした、神秘的でグラマラスな美女へと姿を変えた。

 彼女の変化がぴたっと止まると、クナドは興奮した様子で拍手をした。

 微笑を浮かべながら、美女は大地を見つめている。

「やっぱり! すごいよ大地!! SSRの姫神だ!!! SR以上確定ガチャで、SSRの女の子を引き当てるなんて、大地、君は天才か?!!!」

 クナドは大地の両肩を掴んで、激しい力でゆっさゆっさと揺すり出した。

「だから何なんだよ、SRとかSSRとかって!」

「グラビアでもない! 映像の中でもない! 生の姫神の血を吸えるまたと無いチャンスだ!」

「だから、それが一体何なんだ!!」

 さすがの大地も、頭痛がしてきた。