熱い、熱い、熱い、熱い。

 吐く息も熱い。

 体中が、熱くてたまらない。

 気づくと大地は、乳白色に輝く巨大な椀の形をした、鍾乳洞の底にいた。

 鍾乳石に面している背中は、ひんやりと冷たくて気持ちがいい。

「あれ? 俺、どこにいるんだ?」

 自分の声があたりに反響している。

 大地は体を起こしてあたりを見た。

 確か本殿の建物自体が崩壊し、クスコや梅とはぐれ、上から真っ逆さまに落ちてきたはずだ。

 落下した衝撃による痛みは無く、落ちてきた感覚だけが体に残っている。

「早く、あとの4人を探さないと…………」

 まだ結月を救い出せただけだ。

 さくらはどうしているんだろう。

 律や、凌太や、紺野は?

 無事なのだろうか。

 ダラダラとこんな場所で、油を売っている場合ではない。

 心配のあまり、焦りだけが増す。

 どうやら大地は、深くて丸い椀型になった洞窟最奥の、鍾乳洞の中心あたりにいるらしい。

 2000人くらい集まって、ワイワイ大宴会出来るくらいの広さがある。

 厚く覆われた壁面や天井からは、乳白色の石灰が幾つも溶けた状態で垂れ下がっており、外の様子は全くわからない。

 崩壊した神社本殿の、地下に存在していた場所という可能性もある。

扉工房(とびらこうぼう)へようこそ」

 背後から急に声がした。

「わっ!」

 大地は驚いて声を上げた。

 振り向くとそこには、乳白色の鍾乳石でこしらえた優美な椅子が出現しており、黒髪の青年がそれに腰かけていた。

「やぁ、少年。扉が欲しい?」

 青年の瞳の色は左右で違う。

「扉?」

 右がグレーで左が黒に輝いている。

「そう、『新たな扉』。こんな場所へ来るなんて、君はよほど迷っている。違う?」

「迷う? …………俺が?」

「そう、君は迷っている。迷える者を導くのが、僕の役割なんだよ」

 白と黒が左右で半分に割れた風変わりな袴の上に、大きな黒羽織を身に着けているその青年は、大地を見ながら微笑んだ。

「お前、誰だ?」

 大地の声は反響し、洞窟内全体に響き渡る。

「僕は、道の神クナド。君は誰?」

「大地だ」

 道の神クナド?

 もしかしたらクスコが連れてきちまった、破魔矢だった黒龍側の神のうちの一体か?

 だとしたら、何かおかしい。

 欲望にまみれた黒龍側の神にしては、邪心のかけらも無いような、清々しさ溢れる表情を見せている。

 まるでどこかの炭酸飲料のコマーシャルに出て来る、爽やか好青年のような笑顔で大地と向き合っているのだ。

 この色白男は黒龍側の神なのか? 

 白龍側の神の方が100倍、むさ苦しいぞ?

 様々な神の存在を知らない大地は、ただの偏見ともいえる発想を脳内で展開した。

「大地ね。年は………あと半年で成人、と。まだ未成年なの? 若いんだ!」

 クナドは手前にある鍾乳石でできた、優美な装飾付きの机の上に置かれた六角形の石に、大地の情報をメモり出した。

「見ただけで年がわかるのか?」

「基本データくらいはね。あと女性遍歴」

「は?!」

「吸血行為は未経験ね。み・け・い・け・ん、…………と」

 ────カッチーン!

 大地はなぜか、クナドの言葉を聞くなり急に、怒りがこみ上げた。

「未成年なんだから当たり前だろ!」

 誰にも明かしていなかった情報をいきなり、初対面の他者に言い当てられたのだ、無理もない。

「でも君、見たとこ白龍でしょ? 特例として未成年でも女の子とイチャイチャすんの、認められてるじゃん!」

 どうしてわかるんだ?

 今は人間の姿をしているのに。

 大地は、自分の正体をいとも簡単に(半分)見破ったこの青年に、驚きを隠せなかった。

「わかるのか?! でも半分は白龍で、半分は人間だ。吸血行為は親父に固く禁止されてんだよ!」

 なぜかムキになり、言い訳がましく説明してしまう自分が悲しい。

 そもそもどうして自分がこんな初対面の奇妙な男に、女性遍歴を話さねばならないのだろう。

「へぇ。君は親に禁止されちゃうと、女の子に手も出せないようなヤツなんだ? 僕なら気にせず真っ先に……」

 クナドは急に、言葉を止めた。

 白い羽冠が彼の頭を締め付ける。

「ギュワッ!!!」

 クナドが叫ぶと同時に、大地の体にも異変が起きた。

 『グワッ!!!』という音と共に、急激に心臓が速くなり、猛スピードで自分の血が体内を回り出す。

「?!!」

 さっきよりもさらに、体が熱い。

 大地は心臓を抑えた。

 ドクドクと逸り、鳴りやまない。

「あ~…………なんか今、すっげぇ命が危険だった! ……ナゼ?」

 クナドは大地の異変に気付かず、手の甲で額の汗をぬぐった。

「ん?」

 彼は自分の額の上に白い羽冠が巻き付いているのを確認し、それを引っ張って持ち上げようとした。

「…………ナニコレ」

 だがクナドがいくら力を込めても、頭についた羽冠は外れない。

「大地、ちょっとこの僕の頭についてるやつ、取ってくれない?」

「あ? なんで俺が」
「いいから!」

 大地はしぶしぶクナドに言われた通り、彼の頭についた羽冠を取ってあげようと両手でそれを掴み、上に持ち上げようとした。

 だが冠は、彼の頭から外れない。

「…………これ、何かの術で固定されてんじゃねぇか? 俺の力じゃ無理っぽいぞ」

「マジで?」

 クナドは口をあんぐりと開けた。

「お前のじゃないのか? これ」

 大地が羽冠を指さすと、クナドはうーんと唸りながら首を傾げた。

「覚えてないんだよね~…………。どこでこんな冠、手に入れたんだろ? …………ま、いっか」

 羽冠のことは一旦忘れて気を取り直し、六角形の小石に再び目を向け、クナドは再び話し出した。

「婚約者は『露木さくら』と。あれっ? もしかしてあの、岩時神楽のリハーサルで舞台に立ってた、さくらちゃんが、君の…………」

「婚約者だ。お前もいたのか?」

 さくらといえば舞台を目にした時、エセナがとても惹かれていた。

「うん、いたよ。すごく綺麗な子だよね、さくらちゃん」

 自分が止めなければ危うく、エセナはフラフラと人間達の目の前でさくらの魂に吸い付こうとしていただろう。

 相当、魂の力が強い少女のはず。

 クナドの頭には、もう一つの疑問が浮かんだ。

「……どうして白龍と人間の混血君が、人間の女の子と婚約したの?」

 白龍といえば神々にとって、特別な存在であるはず。

 人間とのハーフであるなら尚更だ。

 そう安易と、婚約など認めてもらえる立場なのだろうか?

「さあ? 赤ん坊の頃に親同士が勝手に決めたんだ」

『光る魂』と婚約した、白龍と人間のハーフか…………。

 何か裏がありそうだ。

 クナドは、大地の正体が気になり出した。

 もう少し会話を続け、大地について探ってみた方がいいのかも知れない。

「へぇ。で、君はその婚約が悩みの種なの?」

「いや別に。婚約については全然、悩んでない。早くここから出て、友達を助けに行きたいのが今の悩みだ」

「でもほら。『恋のお悩みセンサー』が、ピコンピコンついてる」

 クナドは六角形の石を、大地に見せた。

 中心部が赤く、ピコンピコンと点滅を繰り返している。

「大地。君は今、さくらちゃんの事でひどく悩んでいる。でも安心して。僕がついてるよ」

「は? 人の話を聞かねぇ奴だな。別に悩んでねえっつってんだろ! 俺は早く、ここから出たいんだよ。じゃないと安心できないんだ」

「ふぅん? 素直じゃないねぇ」

 クナドは大地の言葉を信じる気が無い様子で、椅子に座ったまま大きく背伸びをした。

「あー………それにしても今、すごく頭がスッキリしてる! こんなに心地良い気分は、何百年ぶりかな」

 クナドはその気分の良さが、邪心にまみれた血を99%抜き取られたおかげだという事に、全く気がついていない。

「気分がいいから君に、扉をひとつプレゼントしようじゃないか! どれでもいいから、気に入ったのを選んでいいよ」

「ここから出られるのか?」

「それが本当の悩みなら、多分ね」

「んじゃ、もらっとく」

 このままでは埒が明かない。

 どうやら、クナドから扉をもらってここから出るしか無さそうである。

「じゃ、サンプルを出すよ」

 クナドは壁面に向かって念を送った。

 鍾乳石の隙間から、乳白色の水滴がいくつか落ちて来る。

 ぴちゃん……。

 ぴちゃん……。

 ぴちゃん……。

 それらが地面に落ちると同時に形を作り、人ひとり通れるくらいの大きさをした、様々な形の扉へと変化していった。

 赤い扉。

 青い扉。

 黄色い扉。

 丸い扉。

 四角い扉。

 5角形の扉。

 シンプルな扉。

 優美な扉。

 奇妙な装飾の扉。


「どの扉がいい?」


 大地は腕組みをしながら、どの扉がいいかを選び始めた。