時の神・爽《ソウ》は、妻である姫毬と、岩時温泉街に到着したばかりだった。
色々な種類の『のれん』が、岩でできた数々の門柱にヒラヒラはためいている。
……まさか姫毬と一緒に温泉、とは。
螺旋城《ゼルシェイ》で見せられた、深名孤《ミナコ》のハレンチな姿が記憶に新しい。
長年生きているにも関わらず、一度も温泉を経験したことが無い爽は、激しい誤解を脳内で展開していた。
「もしかしたらだ……もしかすると? 温泉にはそういった『趣向』が……あるのだろうか。姫毬、お前まさか、イケメン達による、み、みだ、みだらなマッサージを、う、受けるつもりなのか」
そんな妻の姿を想像するだけで、爽は気が気ではない。
「……そういう場所なの? ここって」
「知らん」
胸がざわつく。
「別にそんなサービスいらない。マッサージなら、爽様にしてもらう」
「!!!」
マッサージなら爽様にしてもらう?
マッサージなら爽様にしてもらう。
マッサージなら……
「とりあえず中へ入ろ」
「……ああ」
時の神は立ち止まってはいけない。
そうだ。時の神は、立ち止まっては…………ならないのである。
ゲートをくぐると、見渡す限りのれんと、湯気と、岩。
想像以上に広いため、どこに深名斗がいるのか見当もつかない。
見つけ出すのは、なかなか骨が折れそうだ。
一緒にいるのは確実なのだから、久遠に思念で話しかけてみるか?
だが、もし深名斗に悟られたら?
あれこれ考えていると、爽と姫毬のそばに、金髪の少女が近づいてきた。
「岩時温泉街へようこそー! 案内のリンナと申します。こちらは初めてですか?」
「ああ、はい」
爽が答えると、リンナはテキパキと説明を始めた。
「神石はお持ちですか? あ、ハイ、お二方とも大丈夫ですね。初めてのお客様には初回限定『湯煙アトラクション』をお楽しみいただけまーす!」
「へえ、面白そう」
姫毬は笑顔を見せたが、爽は眉根を寄せた。
何だか、うさんくさい。
案内図によると、『みだらなマッサージ』サービスは見当たらないが。
油断大敵である。
「では、こちらをどうぞ! 温泉街の案内図を、QRコードで読み取って下さい」
爽と姫毬が神石を取り出した。
神石というのは人間世界で言うところの、スマホのようなものである。
リンナが持つ青い石から出る光をキャッチすると、爽と姫毬が持つ石から、大きな案内図が空中に展開された。
ところどころ薄っすらと×印が浮かびあがっては、消えてしまう部分が気になる。
「この、×の部分って何ですか?」
「あら、ごめんなさい! 上手く消したつもりだったんですけどねー。そちら今は、営業できない部分なんです。内容、見えちゃいました?」
「内容までは、見えませんでした。でも気になります」
爽は、小さなことがとても気になる。
自分自身はちゃらんぽらんな受け答えをする割に、相手から曖昧な言葉で胡麻化される事に、我慢ならない質だった。
「もしかしてお客様、相当高い位の神様なのですか?」
「そうそう、この方」
『毬』
それ以上言うな、と爽は姫毬に思念を使って止めつつ、術を唱えた。
「恐れ入りますが、高度な術とか使って、この温泉の裏の部分を見ないでくださいね?」
爽はこのリンナの言葉に、大人しく頷く。
ばれないように知れば、この子に迷惑はかからないだろう。
『天涯』
こっそり術を使って、×印の部分に存在した温泉の名を探る。
大きく分けて三つだ。
子供用本格派温泉。
大人しか入れない本格派温泉。
近未来を模した本格派SF温泉。
恐らく以前はこれらの「本格派温泉」が、あったのだろう。
「爽様、見て見て! 綺麗な桃色の、タオルと浴衣」
「ん?」
ピッ!
爽が振り向いた時にはもう、姫毬は自分の石を受付カウンターのパネル石にタッチし、自分と夫のタオルと浴衣を手に入れていた。
「早!」
ずっと無表情だった妻が、珍しくウキウキとはしゃいでいる。
しばらくは幸せをかみしめながら、温かく見守ろう。
「麗しいお客様がた、まいどありぃ! あ、杖……と毬は金庫でお預かりしま~す」
「ああ、よろしく」
爽はリンナに深い青色の、太くて短い杖を手渡した。
岩時城の武器工房で壊れた杖を修理してもらっている間、最古の水神・岩門別《いわとわけ》から借りている、古い杖である。
これは大地が岩門別からもらった『海神《ワダツミ》の杖』と兄弟杖なのだが、爽には重くて太過ぎるため、かなり相性が悪い。
使う必要が無いだろうから、しばらく預けても問題はない。
姫毬はリンナに話しかけた。
「この温泉、全部が最新式になっててすごいね」
「そうなんですよ~! 実は最近、この温泉街、リノベに力入れ過ぎちゃったせいでスッカラカンなんです! なのでどうか、たくさん、滞在して下さいね!」
ぶっちゃけ過ぎだろう。
この少女、どうやらかなりの正直者らしい。
爽は少し、彼女の未来が心配になった。
だが。この調子で、いろいろ聞いてみるのもありか。
「……ここに、深名斗《ミナト》と呼ばれる、綺麗な黒髪の少年が来なかった?」
リンナは爽の質問に、目を見開く。
「黒髪の? ああ! 粕原《カスハラ》さんですか?」
「粕原さん?」
リンナは深名斗のことを、良く知らない。
カスタマー・ハラスメントの略である「カスハラ」の意味もわからない。
なので温泉街のみんなに呼ばれる言葉のまま、勝手に彼を『粕原さん』という名だと勘違いしていた。
「お知り合いですか? 粕原さんは今、お連れの方とライト温泉に入ってますよ!」
「一瞬で?」
深名斗《ミナト》は久遠《クオン》を、2秒ほどじっと見つめた。
「はい。一瞬で」
「ライト温泉が、本格派温泉に変わるだと?」
「ええ」
我慢ができなくなったらしく、深名斗は高らかに笑い出した。
「はははははっ! 久遠。お前も爽《ソウ》に似たハッタリをかますようになったな! ……わかったぞ」
汗で額に貼りついた黒髪をかき上げ、深名斗は久遠に笑いかけた。
「俺を足止めして時間を稼ぎ、誰かを待っているのだな? それとも何かを庇っているのか?」
ここで『その通りだ、この馬鹿!』と口にしないのが、大地と久遠の違いである。
「お戯れを。そのような考えに、私ごときがたどり着くはずがありません」
「この世で一番、お前がたどり着きそうだが」
「ところで」
久遠はいきなり話を変えた。
「今すぐご覧にいれましょうか。本格派温泉を」
深名斗の目がキラリと輝く。
「そうだな、ぜひとも今すぐ本格派温泉に入りたいものだ。……見せてみろ」
「はい」
一体、何が始まるのだろう?
このやり取りをすぐ後ろの岩陰で聞いていた大地は、気が気ではない。
慌ててキョロキョロと、辺りを見回した。
『俺の他には誰もいない。父さんは一体……何を考えているんだ?』
久遠は息を吸い込み、術を唱える体制に入った。
温かな湯を通して、大地は揺るぎない父の力を感じ始める。
強くて優しく、そして厳しい、父の守り……
まるで白龍の守りの力である『天璇《メラク》』が増幅されてゆくような。
「『沸《フツ》』!」
その術式が完成された途端、温泉街が上下に揺れ、地面が大きな悲鳴を上げた。
ゴゴゴオッ!!!
「おおっ?」
深名斗は嬉しそうに叫び、これから起こることに胸躍らせた。
『キャー!!!』
『な、何だ?!』
『地震?!!』
モモ達が驚く声が聞こえてくる。
湯の温度がさらに、熱くなり、 薬草の香りが強くなる。
湯の色が濃くなり、淡い桃色から鮮やかな赤へ、濃い紫へ、黒へ、やがて急に透き通り、最後は薄い緑色へ。
色が変わるごとに大地は、自分の中の何かが、切り替わってゆくのを感じた。
感情がいくつもいくつも、心の奥底から湧き上がってくる。
友人たちと楽しく遊んだ時に感じた、わくわくとした気持ち。
父や母と引き離され、隔離された時に感じた、痛烈で長い孤独。
闇の神・伽蛇《カシャ》への激しい殺意。
意のままにならない現実に対する悟りと諦め、そして……
さくらへの激しい、恋心。
大地は胸が一杯になり、知らず知らずのうちに大粒の涙を流していた。
その涙は桃色に光り輝く真珠となり、湯の中にぽとりぽとりと落ちてゆく。
『ここにいるのか? 大地』
久遠の声が、大地の思考に、直接話しかけてくる。
『父さん……?』
『驚いた。お前がここにいたのは予想外だ。よく、ここまで辿り着いたな』
大地はショックを受けたような心地で、しばらく声が出せなかった。
『……今』
『今のか? 岩の神・フツヌシの真似だ』
『?』
『所詮は、形を真似ただけだ。この力は、少ししかもたない。お前がここにいるのがバレたらまた、深名斗に利用されるぞ。見つからないうちに、早くどこかへ隠れろ』
『……わかった』
今だけは素直に、父の言う通りにしなければ。
大地は音を立てずに温泉からあがり、着物を身につけ、モモ達がいる受付へやってきた。
「あ、大地!」
モモが心配そうに、大地に声をかける。
彼がこの温泉の責任者なのだろう、雰囲気で見て取れる。
「今、地震がありましたが、大丈夫でしたか?」
「ああ」
大丈夫も何も、自分の父が起こした地震なのだ。
「ねえ、香りが戻ってない?」
カイが丸眼鏡を外し、くんくんと匂いを感じている。
「……本格派温泉の香りだ! 一体どうして? フツヌシが戻ってきたのかな?!」
「戻ってきたらもっと、ハッキリわかるはずさ。だって、一瞬だけだったもの」
色々な種類の『のれん』が、岩でできた数々の門柱にヒラヒラはためいている。
……まさか姫毬と一緒に温泉、とは。
螺旋城《ゼルシェイ》で見せられた、深名孤《ミナコ》のハレンチな姿が記憶に新しい。
長年生きているにも関わらず、一度も温泉を経験したことが無い爽は、激しい誤解を脳内で展開していた。
「もしかしたらだ……もしかすると? 温泉にはそういった『趣向』が……あるのだろうか。姫毬、お前まさか、イケメン達による、み、みだ、みだらなマッサージを、う、受けるつもりなのか」
そんな妻の姿を想像するだけで、爽は気が気ではない。
「……そういう場所なの? ここって」
「知らん」
胸がざわつく。
「別にそんなサービスいらない。マッサージなら、爽様にしてもらう」
「!!!」
マッサージなら爽様にしてもらう?
マッサージなら爽様にしてもらう。
マッサージなら……
「とりあえず中へ入ろ」
「……ああ」
時の神は立ち止まってはいけない。
そうだ。時の神は、立ち止まっては…………ならないのである。
ゲートをくぐると、見渡す限りのれんと、湯気と、岩。
想像以上に広いため、どこに深名斗がいるのか見当もつかない。
見つけ出すのは、なかなか骨が折れそうだ。
一緒にいるのは確実なのだから、久遠に思念で話しかけてみるか?
だが、もし深名斗に悟られたら?
あれこれ考えていると、爽と姫毬のそばに、金髪の少女が近づいてきた。
「岩時温泉街へようこそー! 案内のリンナと申します。こちらは初めてですか?」
「ああ、はい」
爽が答えると、リンナはテキパキと説明を始めた。
「神石はお持ちですか? あ、ハイ、お二方とも大丈夫ですね。初めてのお客様には初回限定『湯煙アトラクション』をお楽しみいただけまーす!」
「へえ、面白そう」
姫毬は笑顔を見せたが、爽は眉根を寄せた。
何だか、うさんくさい。
案内図によると、『みだらなマッサージ』サービスは見当たらないが。
油断大敵である。
「では、こちらをどうぞ! 温泉街の案内図を、QRコードで読み取って下さい」
爽と姫毬が神石を取り出した。
神石というのは人間世界で言うところの、スマホのようなものである。
リンナが持つ青い石から出る光をキャッチすると、爽と姫毬が持つ石から、大きな案内図が空中に展開された。
ところどころ薄っすらと×印が浮かびあがっては、消えてしまう部分が気になる。
「この、×の部分って何ですか?」
「あら、ごめんなさい! 上手く消したつもりだったんですけどねー。そちら今は、営業できない部分なんです。内容、見えちゃいました?」
「内容までは、見えませんでした。でも気になります」
爽は、小さなことがとても気になる。
自分自身はちゃらんぽらんな受け答えをする割に、相手から曖昧な言葉で胡麻化される事に、我慢ならない質だった。
「もしかしてお客様、相当高い位の神様なのですか?」
「そうそう、この方」
『毬』
それ以上言うな、と爽は姫毬に思念を使って止めつつ、術を唱えた。
「恐れ入りますが、高度な術とか使って、この温泉の裏の部分を見ないでくださいね?」
爽はこのリンナの言葉に、大人しく頷く。
ばれないように知れば、この子に迷惑はかからないだろう。
『天涯』
こっそり術を使って、×印の部分に存在した温泉の名を探る。
大きく分けて三つだ。
子供用本格派温泉。
大人しか入れない本格派温泉。
近未来を模した本格派SF温泉。
恐らく以前はこれらの「本格派温泉」が、あったのだろう。
「爽様、見て見て! 綺麗な桃色の、タオルと浴衣」
「ん?」
ピッ!
爽が振り向いた時にはもう、姫毬は自分の石を受付カウンターのパネル石にタッチし、自分と夫のタオルと浴衣を手に入れていた。
「早!」
ずっと無表情だった妻が、珍しくウキウキとはしゃいでいる。
しばらくは幸せをかみしめながら、温かく見守ろう。
「麗しいお客様がた、まいどありぃ! あ、杖……と毬は金庫でお預かりしま~す」
「ああ、よろしく」
爽はリンナに深い青色の、太くて短い杖を手渡した。
岩時城の武器工房で壊れた杖を修理してもらっている間、最古の水神・岩門別《いわとわけ》から借りている、古い杖である。
これは大地が岩門別からもらった『海神《ワダツミ》の杖』と兄弟杖なのだが、爽には重くて太過ぎるため、かなり相性が悪い。
使う必要が無いだろうから、しばらく預けても問題はない。
姫毬はリンナに話しかけた。
「この温泉、全部が最新式になっててすごいね」
「そうなんですよ~! 実は最近、この温泉街、リノベに力入れ過ぎちゃったせいでスッカラカンなんです! なのでどうか、たくさん、滞在して下さいね!」
ぶっちゃけ過ぎだろう。
この少女、どうやらかなりの正直者らしい。
爽は少し、彼女の未来が心配になった。
だが。この調子で、いろいろ聞いてみるのもありか。
「……ここに、深名斗《ミナト》と呼ばれる、綺麗な黒髪の少年が来なかった?」
リンナは爽の質問に、目を見開く。
「黒髪の? ああ! 粕原《カスハラ》さんですか?」
「粕原さん?」
リンナは深名斗のことを、良く知らない。
カスタマー・ハラスメントの略である「カスハラ」の意味もわからない。
なので温泉街のみんなに呼ばれる言葉のまま、勝手に彼を『粕原さん』という名だと勘違いしていた。
「お知り合いですか? 粕原さんは今、お連れの方とライト温泉に入ってますよ!」
「一瞬で?」
深名斗《ミナト》は久遠《クオン》を、2秒ほどじっと見つめた。
「はい。一瞬で」
「ライト温泉が、本格派温泉に変わるだと?」
「ええ」
我慢ができなくなったらしく、深名斗は高らかに笑い出した。
「はははははっ! 久遠。お前も爽《ソウ》に似たハッタリをかますようになったな! ……わかったぞ」
汗で額に貼りついた黒髪をかき上げ、深名斗は久遠に笑いかけた。
「俺を足止めして時間を稼ぎ、誰かを待っているのだな? それとも何かを庇っているのか?」
ここで『その通りだ、この馬鹿!』と口にしないのが、大地と久遠の違いである。
「お戯れを。そのような考えに、私ごときがたどり着くはずがありません」
「この世で一番、お前がたどり着きそうだが」
「ところで」
久遠はいきなり話を変えた。
「今すぐご覧にいれましょうか。本格派温泉を」
深名斗の目がキラリと輝く。
「そうだな、ぜひとも今すぐ本格派温泉に入りたいものだ。……見せてみろ」
「はい」
一体、何が始まるのだろう?
このやり取りをすぐ後ろの岩陰で聞いていた大地は、気が気ではない。
慌ててキョロキョロと、辺りを見回した。
『俺の他には誰もいない。父さんは一体……何を考えているんだ?』
久遠は息を吸い込み、術を唱える体制に入った。
温かな湯を通して、大地は揺るぎない父の力を感じ始める。
強くて優しく、そして厳しい、父の守り……
まるで白龍の守りの力である『天璇《メラク》』が増幅されてゆくような。
「『沸《フツ》』!」
その術式が完成された途端、温泉街が上下に揺れ、地面が大きな悲鳴を上げた。
ゴゴゴオッ!!!
「おおっ?」
深名斗は嬉しそうに叫び、これから起こることに胸躍らせた。
『キャー!!!』
『な、何だ?!』
『地震?!!』
モモ達が驚く声が聞こえてくる。
湯の温度がさらに、熱くなり、 薬草の香りが強くなる。
湯の色が濃くなり、淡い桃色から鮮やかな赤へ、濃い紫へ、黒へ、やがて急に透き通り、最後は薄い緑色へ。
色が変わるごとに大地は、自分の中の何かが、切り替わってゆくのを感じた。
感情がいくつもいくつも、心の奥底から湧き上がってくる。
友人たちと楽しく遊んだ時に感じた、わくわくとした気持ち。
父や母と引き離され、隔離された時に感じた、痛烈で長い孤独。
闇の神・伽蛇《カシャ》への激しい殺意。
意のままにならない現実に対する悟りと諦め、そして……
さくらへの激しい、恋心。
大地は胸が一杯になり、知らず知らずのうちに大粒の涙を流していた。
その涙は桃色に光り輝く真珠となり、湯の中にぽとりぽとりと落ちてゆく。
『ここにいるのか? 大地』
久遠の声が、大地の思考に、直接話しかけてくる。
『父さん……?』
『驚いた。お前がここにいたのは予想外だ。よく、ここまで辿り着いたな』
大地はショックを受けたような心地で、しばらく声が出せなかった。
『……今』
『今のか? 岩の神・フツヌシの真似だ』
『?』
『所詮は、形を真似ただけだ。この力は、少ししかもたない。お前がここにいるのがバレたらまた、深名斗に利用されるぞ。見つからないうちに、早くどこかへ隠れろ』
『……わかった』
今だけは素直に、父の言う通りにしなければ。
大地は音を立てずに温泉からあがり、着物を身につけ、モモ達がいる受付へやってきた。
「あ、大地!」
モモが心配そうに、大地に声をかける。
彼がこの温泉の責任者なのだろう、雰囲気で見て取れる。
「今、地震がありましたが、大丈夫でしたか?」
「ああ」
大丈夫も何も、自分の父が起こした地震なのだ。
「ねえ、香りが戻ってない?」
カイが丸眼鏡を外し、くんくんと匂いを感じている。
「……本格派温泉の香りだ! 一体どうして? フツヌシが戻ってきたのかな?!」
「戻ってきたらもっと、ハッキリわかるはずさ。だって、一瞬だけだったもの」



