「梅はハトムギが目覚めるまで、ここで父さんの到着を待っててくれないか」

 クスコとの話が一段落すると、大地は梅に向かってこう言った。

「先に行って、本殿で待ってる。来れそうなら後から来てくれ」

 クスコもそれに同意した。

「ワシもついてる。そのほうがよい、梅」

 梅はクスコと大地を交互に見つめ、納得した様子で頷いた。

 社務所の畳の間では、依然としてハトムギがこんこんと眠っている。

 一刻も早く本殿へ向かいたいが、彼を置いていくわけにもいかないと、判断したのだろう。

「わかりました。クスコ、大地、どうかよろしくお願いいたします」

 頭を下げる梅を見ながら、大地は小さく頷いた。

 ハトムギは梅に任せ、自分は自分に出来ることをするしかない。

「おぬしもしばらくは休むがよい。梅よ」

 クスコはこう言うと、大地の腰にぶら下がった布袋の中に再び、もぐりこんだ。

「はい。ありがとうございます」

 梅はクスコに頭を下げた。

 どうやら大地の父である久遠は、高天原で起きた一大事に追われているらしい。

 そのせいで岩時神社に到着するまでには、かなり時間がかかるとのこと。

 クスコと梅はその事情を知っているようだが、大地には教えてくれなかった。









 大地は正面に立つ本殿を見つめ、大きなため息をついた。

 黄金色で輝く、神聖な本殿。

 赤茶色を基調とした小さな建物。

 屋根に施された白龍の紋が輝く。

 外から見ると、小さく感じるが。

 中から、底知れぬ強大な力が湧き出ている。

 全身をなぞられるようなパワーを感じるたび、大地はぞわりと鳥肌が立つような不気味さを感じた。

「こんな力、どうして…………」

 入る前から圧倒されてしまう。 

「誰一人としていないけど。一体、どうなってんだ?」

 祭りの喧騒が遠くに聞こえる。

 ギィー…………。

 閂をあけて扉を開き、大地は中へ入ろうとした。

 しかし。

 中からはまばゆい光が一斉に放たれ、大地を勢いよく外へと押し戻した。


 ────────グァッ!!!


「────入れない?!」

 大地が叫ぶと、布袋の中からクスコ顔を出した。

「久遠が、天璇(メラク)の術をかけておるようじゃの」

「メラク?」

「祭りの間はたくさんのエネルギーが、この神社に集まる。本殿におる神体を守るための術式を、施しておるのじゃ」

 だから力の弱い霊獣達は中へ入れない。

「じゃ、『気枯れの儀式』とかいうのをやってる人間達は…………?」


「黒龍側の神々にとって、格好の餌食となるであろう」


「はぁ?」


「今この本殿の中に入れるのは、高天原天神級の強さを持つ神々ばかりじゃろうからな」

 大地は怒りに肩を震わせた。

「何やってんだ?! 人間達は!! 祭りの間に…………身を亡ぼすような儀式なんか行いやがって!」

 岩時神楽に関わる人物は、舞台に立つ生徒以外であっても、結月のように美術に関わるメンバーなどもすべて、本殿の中でみそぎの儀式を行ったはず。

「人間の魂を食べた神々は、ますます強くなるぞえ」

 クスコは急に、布袋の中に体をしまい、声を立てなくなった。

 大地はきょろきょろと、本殿のまわりを見回した。

 相変わらず人の気配がない。

 考えたくはないが。

 既に何人かが餌食になっているのでは無いだろうか。

 嫌な想像が大地の頭を駆け巡る。

「中からすげぇ力が伝わってきやがる…………」

 独り言のような声を漏らすと、それに答えるように、どこかから声が返ってきた。

「この場所は、人払いをしている。大多数の高校生は無事だ」

 人間の姿をした獅子カナメと狛犬のシュンが、拝殿の方から早足で大地達に近づいて来た。

「久しぶりだな、大地」

 赤髪を短く刈り上げたカナメは、大地の古い友人である。

「カナメ!」

 彼の藍染の羽織には、腕に白龍の文様があしらわれている。

 その文様こそが、岩時神社の霊獣たちを束ねる存在である証だ。

「本殿の中に入りたいのか?」

 長年の付き合いである大地には、無表情に見えるカナメの顔から、不甲斐なさに打ちひしがれたような想いが伝わってきた。

「5人ほど中に入ってしまったらしく、行方が知れなくなっている」

「5人?!」

 大地は叫んだ。

「誰だ…………5人って」

 もしかして。

 大地がいつも遊んでいた仲間達ではないのか。

 さくら。

 結月。

 凌太。

 律。

 紺野。

 緊張した表情の狛犬シュンが静かに目を伏せ、カナメのすぐ横で跪きながら、こちらの様子を伺っている。

 どうやら大地の腰にぶら下がった布袋の中に、何かの生き物が入っていることに、うすうす彼は気づいているようだ。

「この神社に余計な侵入者を招いたのは、俺の責任だ」

 黄金に輝く両眼で真っ直ぐに、カナメは大地を貫いた。

「誰のせいでもねぇよ」

 後悔の気持ちを浮かべながらも、威風堂々と立っているカナメに、大地も背筋を伸ばしながら答えた。

 しいて言うなら、クスコと自分のせいだ。

 大地は心の中で呟いた。

 もう決して侵入者を許さない。

 カナメの瞳は、そう叫んでいる。

 中の5人が気がかりで、大地はカナメに尋ねた。

「お前は中へ入れないのか?」

「…………ああ」

 今は人間年齢で18歳くらいの姿になっているが、カナメから放たれるある種の威厳は、大地の父・久遠のそれを思わせる。

「ここの霊獣達は、俺よりもさらに力が弱い。多分、梅様も今は入れないだろう。高天原におわす久遠様しか入ることは不可能だ」

 この神社を守る霊獣達は、白龍・久遠の指示に従って動いている。

 獅子カナメや狛犬シュンは、その代表だ。

「じゃ、どうすれば…………」

「あのみすまるを使うのじゃ、大地よ。おぬしだけなら入れるぞえ」

 クスコがひょこっと、布袋から顔を出した。

「!!!」

「!!!」

 カナメとシュンは驚愕した様子でクスコを凝視し、それぞれ戦闘態勢を取った。

 クスコは呆れたように笑い声をあげ、こう言った。

「ははは! これ霊獣よ、そう警戒するでない。ワシャ敵ではのうて、おぬしらの味方じゃ」