黒奇岩城に帰ると、紫色のローブを羽織った背の低い少年の出迎えを受けた。
正門から出て来た彼は、ウィアンという名の弓使いである。
「アイ! お帰りなさいませー、フツヌシ様! あい? その方々はお客様?」
ウィアンは、思わぬ来客達に驚いた。
フツヌシの後ろにはウタカタ、クナド、スズネ、エセナがいる。
「客ではない」
「そうなんですね。いらっしゃいませー! 黒奇岩城へようこそ! どちらへご案内いたしましょうか。 直接隔離室へ? じゃなければ拷問部屋? それとも教室?」
少し長めの茶髪を揺らしながら、ウィアンは邪気の無い表情で尋ねて来る。
「いや。コイツらは調教や拷問をするために連れて来たわけじゃない。一応仲間だ」
「フツヌシ様の?! お仲間でしたか! これは失礼いたしました!!!」
弓使いの弟子は、大声と笑顔を忘れない。
クナドが真っ先に応えてみせる。
「いやいや、いいんだ。いきなり来てゴメンねー。君、女の子ー?」
「いえ。男です」
がくっとクナドは項垂れた。
「男か……色白だから女の子かも? とか思ったけど、なーんだ男か…………」
「こんにちはーっ!」
「お邪魔いたしますわ」
「失礼します…………」
「ウィアン、お前に頼みがある」
「アーイ! かしこまりましたっ!」
居酒屋の店員ばりに威勢が良いウィアンは、内容を聞く前から承諾している。
このくらい底抜けに明るくないと、フツヌシの側近は務まらないのかも知れない。
「白龍に向けて、矢を一本放って欲しい」
「…………アイ?」
「今、人間世界の上空を飛んでいる」
一瞬の間が空き、ウィアンは頭のてっぺんから足先までガタガタと震え出した。
「ははははは白龍様に?!!」
「矢を放てばいいだけだ」
「いいいいい、いつです?!!」
「今すぐ。これからだ」
ウィアンは卒倒しそうになった。
「えええええ?!!!」
「弓を持っているか?」
「は、はい」
「なら問題ない。さあ、行くぞ」
「あのフツヌシ様、もしかして『例の木』から、龍宮城に潜入するのですか?」
ウィアンは、風の神・久遠が守る龍宮城から人間世界に向けて、矢を放つと思ったらしい。
黒奇岩城の巨木と人間世界に繋がる龍宮城のご神木『桜』は繋がっているからだ。
「違う。そんな事をすれば、白龍側と真正面から戦わねばならなくなるだろう」
神同士の戦争は避けたい。
スズネがウィアンに説明する。
「我々の世界と人間世界は、今だけ大きな境界が破られ、繋がっているのですわ」
「あい?」
「人間世界で七年に一度の、岩時祭りが開かれているためです」
大きな祭りには、様々な神を呼び込みたいという意味合いがあるため、今だけはあらゆる存在が入りやすいように、人間世界へ続く門があちこちで開かれている。
それ故、白龍・久遠が放った強度な術式・天璇が、大切なご神体を安置している岩時神社本殿を、固く守っている。
今ならばどの神であっても、人間世界に侵入することがたやすい。
フツヌシ達は、高天原の中心と即席扉工房のちょうど中間から真っ直ぐに伸びている、薄紫色に輝く大階段のてっぺんから歩いて人間世界へと降りる事にした。
大階段のまわりは耳がツンとするほどの静けさで、生き物の姿は影も形もない。
「静か過ぎる場所ですわね…………」
スズネは音が無い場所に敏感なようで、珍しく恐怖の表情を浮かべている。
しばらく降りると、ちょうど中間地点あたりに灰色の分厚い壁が前方を塞いでいるのが見えてきた。
普段なら絶対に先へ通してもらえないのだが、今だけは違う。
壁の中央にある、正五角形を半分に切り取ったような巨大な門が、開かれていた。
「あの門を通って境界を越えれば黄泉の国。その先は人間世界へと続く階段ですわ」
ここから人間世界へ降りてゆけばよい。
「黄泉の国は簡単に通り抜けられます。ささ、こちらへ…………」
「フン。デマじゃないだろうな」
「ワタクシのリサーチに間違いはございませんわ」
裏事情を知り尽くしているスズネの説明に、全員が感心している。
『つくづく怪しい女だ。色々と知り過ぎている』
フツヌシは、自分が知らない事実をスズネが知り得ている事が面白く無い。
5体とウィアンは門を通り、長い長い階段を降りて、夜の人間世界に着く。
今度はエセナが召喚した巨大な黒鳥の背に乗り、フワフワと飛んでゆく。
風が冷たくて心地よい。
人間達の住まいは明るく輝いており、なんと煌びやかに見えるのだろう!
フツヌシ達は希望にあふれ、美しい景色に目を奪われながら、空から白龍探索を開始した。
クスコは?
どこ?
どこだよ?
どこどこ?
どこかしら?
どこでしょうね?
────見つけた。
前方を巨大な白龍が悠々と、楽しそうに、呑気な様子で飛んでいる。
とんでもない大きさだ。
まだ、こちらには、気づいていない。
「見えた! さあ、矢の中に入るぞ!」
5体はまず自分の体を『力』に変化させ、互いに向けて黒天権を唱えた。
そしてウィアンが持つ、矢竹が赤い色、矢羽が白色だが強い芯を持つ、美しい装飾が施された矢の中へと入り込む。
「全員、入ったか?」
「「「「入った!」」」」
フツヌシの声に、全員が答える。
すると細くて小さな破魔矢は、樹木を漆黒に塗りつぶしたような色へと変色した。
「色だけしか変わらないみたいですわね。大きくならないとまずいのでは?」
「ウィアンがこの矢を放てば、飛んでるうちに巨大化するらしい」
もうすぐ、岩時町の上空に到達する。
「ここは……町か?!」
「予想外の広さだね」
「どういうこと?」
「みんなダイジョブー?」
「おーほほほ! 大丈夫ですわ!」
矢の中は真っ白な世界で、思ったよりも広々としていた。
空気がとても綺麗である。
そして驚いたことに、この空間にはたくさんの神々が既に存在していた。
フツヌシは、その奇怪な神々の異様さに、内臓が飛び出るくらい驚いた。
「何だ、あんたたちは?!!」
「お前らこそ何なんだ! 勝手に矢の中に入って来るんじゃねぇ、恥を知れ!」
「ここは俺たちの縄張りだ! 酒盛りの邪魔をすんじゃねぇ!」
「うるせえんだおめぇら!」
驚く事に、破魔矢の中にはずっと、名も無い奇妙な神々が存在していたらしい。
チンピラみたいな罵声をフツヌシ達に浴びせかけており、宴会を開いたり、殴り合いの喧嘩をしたり、踊ったり騒いだりと、騒々しい事この上ない。
「出て行け! 余所者!!」
「そうだそうだ!!」
「いらねえんだよ、お前らなんか!!」
…………既に誰かがいるなんて、予想だにしていなかった。
フツヌシは頭を抱えた。
こいつらは破魔矢に潜む寄生虫か何かか?
醜い顔で、ひっきりなしに叫んでいる。
「フッツー、どーするー?」
「どーするも何も、奴らを無視して計画を実行するしか無かろう!」
「とても無視するわけにはいかなそうだけど?」
「えーい黙れ! 今考えているところだっ!」
今、コイツらとまともに戦うわけにはいかない。
リスクがあり過ぎるのだ。
今は黒天権と変化の術を使ったばかりで、しばらく時が経過しなければ、全員まともな攻撃が出来ないのである。
力の差は歴然としているが、体力を半分近くまで減らしている状態の今の自分達では、この奇妙な神々にすら勝てないかも知れない。
「すみませーん。私達、ちょっとした計画のため、ここにお邪魔したんです。少しだけこの場所をお借りしたいんですが、いいでしょうか?」
エセナが可愛らしく、先住民族の奇怪な神々にウィンクをした。
すると、驚いた事に…………
「お、おお。そおかぁ。嬢ちゃんに頼まれたんじゃあ、仕方ねぇなぁ!」
は?!!
「でえへへへ。わかったよ。アンタがそう言うんなら見守ってやるわ。名前は?」
はああ?!!!!
「エセナです」
エセナが恥ずかしそうににっこり微笑むだけで、矢の中にいた神々はホンワリとした顔つきで、微笑み返した。
…………信じられん。
「わかってくれて嬉しいです。では、外にいるウィアンに命令をするとしましょうか、フツヌシ」
「あ、ああ。…………助かった」
今回だけは褒めてやる、エセナ。
役立たず女が、一番、俺様の役に立ちやがったか。
使えるものは何だって、使ってやらないとな?
フツヌシは、にやりとほくそ笑んだ。
正門から出て来た彼は、ウィアンという名の弓使いである。
「アイ! お帰りなさいませー、フツヌシ様! あい? その方々はお客様?」
ウィアンは、思わぬ来客達に驚いた。
フツヌシの後ろにはウタカタ、クナド、スズネ、エセナがいる。
「客ではない」
「そうなんですね。いらっしゃいませー! 黒奇岩城へようこそ! どちらへご案内いたしましょうか。 直接隔離室へ? じゃなければ拷問部屋? それとも教室?」
少し長めの茶髪を揺らしながら、ウィアンは邪気の無い表情で尋ねて来る。
「いや。コイツらは調教や拷問をするために連れて来たわけじゃない。一応仲間だ」
「フツヌシ様の?! お仲間でしたか! これは失礼いたしました!!!」
弓使いの弟子は、大声と笑顔を忘れない。
クナドが真っ先に応えてみせる。
「いやいや、いいんだ。いきなり来てゴメンねー。君、女の子ー?」
「いえ。男です」
がくっとクナドは項垂れた。
「男か……色白だから女の子かも? とか思ったけど、なーんだ男か…………」
「こんにちはーっ!」
「お邪魔いたしますわ」
「失礼します…………」
「ウィアン、お前に頼みがある」
「アーイ! かしこまりましたっ!」
居酒屋の店員ばりに威勢が良いウィアンは、内容を聞く前から承諾している。
このくらい底抜けに明るくないと、フツヌシの側近は務まらないのかも知れない。
「白龍に向けて、矢を一本放って欲しい」
「…………アイ?」
「今、人間世界の上空を飛んでいる」
一瞬の間が空き、ウィアンは頭のてっぺんから足先までガタガタと震え出した。
「ははははは白龍様に?!!」
「矢を放てばいいだけだ」
「いいいいい、いつです?!!」
「今すぐ。これからだ」
ウィアンは卒倒しそうになった。
「えええええ?!!!」
「弓を持っているか?」
「は、はい」
「なら問題ない。さあ、行くぞ」
「あのフツヌシ様、もしかして『例の木』から、龍宮城に潜入するのですか?」
ウィアンは、風の神・久遠が守る龍宮城から人間世界に向けて、矢を放つと思ったらしい。
黒奇岩城の巨木と人間世界に繋がる龍宮城のご神木『桜』は繋がっているからだ。
「違う。そんな事をすれば、白龍側と真正面から戦わねばならなくなるだろう」
神同士の戦争は避けたい。
スズネがウィアンに説明する。
「我々の世界と人間世界は、今だけ大きな境界が破られ、繋がっているのですわ」
「あい?」
「人間世界で七年に一度の、岩時祭りが開かれているためです」
大きな祭りには、様々な神を呼び込みたいという意味合いがあるため、今だけはあらゆる存在が入りやすいように、人間世界へ続く門があちこちで開かれている。
それ故、白龍・久遠が放った強度な術式・天璇が、大切なご神体を安置している岩時神社本殿を、固く守っている。
今ならばどの神であっても、人間世界に侵入することがたやすい。
フツヌシ達は、高天原の中心と即席扉工房のちょうど中間から真っ直ぐに伸びている、薄紫色に輝く大階段のてっぺんから歩いて人間世界へと降りる事にした。
大階段のまわりは耳がツンとするほどの静けさで、生き物の姿は影も形もない。
「静か過ぎる場所ですわね…………」
スズネは音が無い場所に敏感なようで、珍しく恐怖の表情を浮かべている。
しばらく降りると、ちょうど中間地点あたりに灰色の分厚い壁が前方を塞いでいるのが見えてきた。
普段なら絶対に先へ通してもらえないのだが、今だけは違う。
壁の中央にある、正五角形を半分に切り取ったような巨大な門が、開かれていた。
「あの門を通って境界を越えれば黄泉の国。その先は人間世界へと続く階段ですわ」
ここから人間世界へ降りてゆけばよい。
「黄泉の国は簡単に通り抜けられます。ささ、こちらへ…………」
「フン。デマじゃないだろうな」
「ワタクシのリサーチに間違いはございませんわ」
裏事情を知り尽くしているスズネの説明に、全員が感心している。
『つくづく怪しい女だ。色々と知り過ぎている』
フツヌシは、自分が知らない事実をスズネが知り得ている事が面白く無い。
5体とウィアンは門を通り、長い長い階段を降りて、夜の人間世界に着く。
今度はエセナが召喚した巨大な黒鳥の背に乗り、フワフワと飛んでゆく。
風が冷たくて心地よい。
人間達の住まいは明るく輝いており、なんと煌びやかに見えるのだろう!
フツヌシ達は希望にあふれ、美しい景色に目を奪われながら、空から白龍探索を開始した。
クスコは?
どこ?
どこだよ?
どこどこ?
どこかしら?
どこでしょうね?
────見つけた。
前方を巨大な白龍が悠々と、楽しそうに、呑気な様子で飛んでいる。
とんでもない大きさだ。
まだ、こちらには、気づいていない。
「見えた! さあ、矢の中に入るぞ!」
5体はまず自分の体を『力』に変化させ、互いに向けて黒天権を唱えた。
そしてウィアンが持つ、矢竹が赤い色、矢羽が白色だが強い芯を持つ、美しい装飾が施された矢の中へと入り込む。
「全員、入ったか?」
「「「「入った!」」」」
フツヌシの声に、全員が答える。
すると細くて小さな破魔矢は、樹木を漆黒に塗りつぶしたような色へと変色した。
「色だけしか変わらないみたいですわね。大きくならないとまずいのでは?」
「ウィアンがこの矢を放てば、飛んでるうちに巨大化するらしい」
もうすぐ、岩時町の上空に到達する。
「ここは……町か?!」
「予想外の広さだね」
「どういうこと?」
「みんなダイジョブー?」
「おーほほほ! 大丈夫ですわ!」
矢の中は真っ白な世界で、思ったよりも広々としていた。
空気がとても綺麗である。
そして驚いたことに、この空間にはたくさんの神々が既に存在していた。
フツヌシは、その奇怪な神々の異様さに、内臓が飛び出るくらい驚いた。
「何だ、あんたたちは?!!」
「お前らこそ何なんだ! 勝手に矢の中に入って来るんじゃねぇ、恥を知れ!」
「ここは俺たちの縄張りだ! 酒盛りの邪魔をすんじゃねぇ!」
「うるせえんだおめぇら!」
驚く事に、破魔矢の中にはずっと、名も無い奇妙な神々が存在していたらしい。
チンピラみたいな罵声をフツヌシ達に浴びせかけており、宴会を開いたり、殴り合いの喧嘩をしたり、踊ったり騒いだりと、騒々しい事この上ない。
「出て行け! 余所者!!」
「そうだそうだ!!」
「いらねえんだよ、お前らなんか!!」
…………既に誰かがいるなんて、予想だにしていなかった。
フツヌシは頭を抱えた。
こいつらは破魔矢に潜む寄生虫か何かか?
醜い顔で、ひっきりなしに叫んでいる。
「フッツー、どーするー?」
「どーするも何も、奴らを無視して計画を実行するしか無かろう!」
「とても無視するわけにはいかなそうだけど?」
「えーい黙れ! 今考えているところだっ!」
今、コイツらとまともに戦うわけにはいかない。
リスクがあり過ぎるのだ。
今は黒天権と変化の術を使ったばかりで、しばらく時が経過しなければ、全員まともな攻撃が出来ないのである。
力の差は歴然としているが、体力を半分近くまで減らしている状態の今の自分達では、この奇妙な神々にすら勝てないかも知れない。
「すみませーん。私達、ちょっとした計画のため、ここにお邪魔したんです。少しだけこの場所をお借りしたいんですが、いいでしょうか?」
エセナが可愛らしく、先住民族の奇怪な神々にウィンクをした。
すると、驚いた事に…………
「お、おお。そおかぁ。嬢ちゃんに頼まれたんじゃあ、仕方ねぇなぁ!」
は?!!
「でえへへへ。わかったよ。アンタがそう言うんなら見守ってやるわ。名前は?」
はああ?!!!!
「エセナです」
エセナが恥ずかしそうににっこり微笑むだけで、矢の中にいた神々はホンワリとした顔つきで、微笑み返した。
…………信じられん。
「わかってくれて嬉しいです。では、外にいるウィアンに命令をするとしましょうか、フツヌシ」
「あ、ああ。…………助かった」
今回だけは褒めてやる、エセナ。
役立たず女が、一番、俺様の役に立ちやがったか。
使えるものは何だって、使ってやらないとな?
フツヌシは、にやりとほくそ笑んだ。