フツヌシは今までの経緯をかいつまんで、石凝姥命(いしこりどめ)に話して聞かせた。

「ぐ」

「…………ぐ?」

 不気味な声に端を発し、石凝姥命(いしこりどめ)は涎を垂らしながら、大声で笑い出した。

「ぐ、ぐわーはっわはっははははっはっ!」

「何がおかしい!」

「ようく話を聞いてみれば…………くくくくくくくくくっ!! まーったく役に立たん奴らばかり…………がははははははははっ!! よう揃えたもんじゃな!! ウタカタに、クナドに、スズネに、お前に、エセナとは!!」

「うるせえ! 黙れこのクソジジィ!」

 メンバー名だけで、こんなに笑われるとは思わなかった。

 こうなったら絶対に、クスコ殺害を成功させてみせる。

 驚きのあまり腰を抜かすなよ、ジジィ。

「ほりゃ。岩時(いわとき)破魔矢(はまや)じゃ」

岩時(いわとき)破魔矢(はまや)?」

 石凝姥命(いしこりどめ)から手渡されたのは、矢竹(やだけ)が赤い色、矢羽(やばね)が白色だが強い芯を持つ、美しい装飾が施された矢だ。

 フツヌシは首を傾げる。

「見たところ細くて、何の変哲もない矢のようだが…………」

「お前ら5体くらいならば、余裕で中に入れるじゃろう」

「…………ほう」

 見た目に騙されてはいけない、ということか?

 確か、スズネが言っていたな。

 クスコは人間世界の「岩時(いわとき)」という場所が、大のお気に入りなのだと。

 岩時産の素材で作られた矢だからこそ、クスコに影響を与えられるというわけか。

「これドメさんが作ったのか?」

「いんや。天津麻羅(あまつまら)だ」

「うげッ!」

 あいつが?

 天才鍛冶職人、天津麻羅(あまつまら)

 フツヌシは、とらえどころの無いあの男が大嫌いだった。

 超一流の設計士で、天才職人で、腕のいい医師で、優雅な文化人。

 おまけに背が高くてイケメンときてる。

 あの余裕しゃくしゃくなにやけ顔……思い出しただけで腹が立つ。

「今は行方不明だと聞くが」

「どっかでのうのうと、茶でも飲みながら、ウハウハ暮らしてるに決まってやがる」

 石凝姥命(いしこりどめ)天津麻羅(あまつまら)の事が大嫌いな様子で、忌々しそうに舌打ちをしている。

「だが腕はいい。残念なことにワシの知る限りでは、奴が作ったこの破魔矢が一番、巨大白龍を殺せる可能性が高い」

「どうしてドメさんがこんな、スゲェ矢を持ってるんだ?」

「まるでワシがスゲェ矢を持っていると、おかしいみたいな言い方に聞こえるが!」

「そうではない。既存の武器を渡されたのが、意外だっただけだ」

 これから武器を作ってくれるのだろうと思ったから。

「岩時の破魔矢以上に優れた武器を、すぐに作るのは不可能じゃ。この矢は鍛冶職人慰労会の時に、天津麻羅(あまつまら)本人がくれたんじゃがな。これほど力を蓄えておける便利な武器は、見たことが無いし聞いたことも無い。互いに酒を飲んで相当べろんべろんに酔ってたから、天津麻羅の奴はこれをワシに一本くれた事すら、忘れておることじゃろう」

「そんな慰労会があるのか。鍛冶職人業界は奥が深いな! …………ん? 一本?」

 てことは。

「他にも何本か、同じ破魔矢がどっかにあるのか?」

「確証は無いが、そのような口ぶりだったな。あん時の奴は」

「…………」

 これほどまでに危険な矢が何本も存在したら、一大事だぞ。

「使い方は簡単じゃ。『力』に変化し、矢の中へ入り込む」

 石凝姥命の説明によると、矢の中へ入る神の数は、多ければ多いほど力が増す。

 ただ一つ問題なのは。

「リーダーを決めろ。それ以外の神々は必ず、リーダーの指示に従え。矢の中に入っている間だけはな。それさえ出来れば、巨体の白龍であっても簡単に殺害する事が出来るじゃろう」

「なるほど。他の4体がこの俺様の指示に従えば、全く問題無いわけだな!」

「お前にリーダーが務まればの話じゃ」

 フツヌシの戯言を、石凝姥命は軽~く聞き流した。

 神々は本来、我が強すぎるため、チームを組むことに適していない。

 考えの甘さを後々思い知らされることになろうとは、この時のフツヌシは夢にも思っていなかった。

「岩時の破魔矢か」

 天津麻羅の作品、というのが若干引っかかるが。

 これで一歩前進だ。









 夕刻。

 フツヌシは、クナドが即席で作ったという怪しげな鍾乳洞の中へ足を踏み入れた。

 クスコ殺害本部を、高天原のど真ん中に築き上げたというのだから、驚きである。

 気持ち悪いくらいに甘ったるい香りが、広々とした洞窟一帯に漂っている。

 …………菓子でも焼いたのだろうか? 

「やあ、お帰りー!」

 カラフルで奇妙な形をした扉が無秩序に乱立する奥から、クナドが楽しそうにヒラヒラと手を振ってくる。

「やあ、お帰りーじゃねえよ! にこやかに声かけて来るんじゃねぇ! お前は俺の奥さんか!」

「おーこわ。おっつー」

 一喝されたところで、クナドは少しもへこたれない。

 おちゃらけた態度と緊張感の無い雰囲気が、いちいちフツヌシの癇に障る。
 
「どうだった? クスコを殺す武器、手に入った?」

 『即席・扉工房』には既に、時の神スズネ、泡の神ウタカタ、衣の神エセナが集められ、円卓を囲んで豪奢な椅子に座りながら、クナドが入れた茶を優雅に飲んでいる。

「ああ」

「やったー! フッツー、ありがとう!」

 ウタカタは素直に喜んでいる。

 全員もっともっと俺に感謝しやがれ、そしてひれ伏せ。とフツヌシは思う。

 しぶしぶ彼らと同席し、フツヌシは石凝姥命の家であった出来事を、かいつまんで4体の神々に話して聞かせた。

 手渡された岩時の破魔矢を円卓に乗せると、彼らは興味深そうに見つめ出す。

「…………これが? 随分小さいね。……一見、なんの変哲も無さそうな矢だけど」

「馬鹿野郎!」

 フツヌシは、発言者のクナドをギロリと睨みつけた。
 
「どれだけ大変な思いをしてこの矢を手に入れたと思ってやがる! 俺は石凝姥命(いしこりどめ)にあやうく、殺されそうになったんだぞ!」

「えーあんえー(なんでー)?」

 ウタカタが白くて丸くて甘い菓子をほおばりながら、無邪気な様子で聞いて来る。

 遠い昔、石凝姥命が書いた黒奇岩城の設計図を俺が盗んだからだ。

 ……とは言えない。

「あらゆる冤罪でだ!」

「はーい。どうどうー! おジイちゃん落ち着いてねー? 深呼吸、ハイ! すー、はー…………呼吸、楽になりましたかー? 殺されなくてホーント良かったねー?」

 看護師ごっこか?!

「ジジィ扱いするなー--! お前の方がババァじゃねぇか、ウタカタ!」

「この矢を、どうやって使うのですか?」

 いいタイミングで、スズネがフツヌシに質問してくる。

「我々がこの矢の中に入り、力を込めると巨大化するそうだ」

「てことは、変化しなきゃならないわけ? この体では無理だものね?」

 今度はエセナが聞いてくる。

「ああ。黒天権(クスメグレズ)と変化の術を同時に使って中に入り込めば、破魔矢を力で動かせる」

「ふうん……。大まかには理解できたけど……どうやってこの矢をクスコに刺すの?」

 殺気を込めて、フツヌシはエセナを睨みつける。

 この憂鬱文句たれ女は、巨乳だけが取り柄のくせに、感謝の言葉が足りな過ぎる。

 フツヌシ様、武器を手に入れてくれてありがとう、の一言すら出て来ないのか! 

「ただ我々が矢の中に入ればいいだけだ!」

「入るだけじゃダメでしょ? 威力がなければ、矢はクスコの首に刺さらないわ。弓使いがいなければ無理なんじゃない?」

「────!」

 考えてもいなかった。

 弓か!

 ────弓な。

 指摘を受けたのが気に食わず、思わず逆ギレしそうになるのを、フツヌシは寸前のところで抑えた。

「弟子のウィアンが弓使いだ。頃合いを見計らい、俺が奴に矢を放つ合図をする」

「その作戦、いいねー!」

「よろしくお願いいたしますわ」

「異存なし」

「……私も」

「あとはリーダーが必要だ。俺がなる。それでいいな?」

「フッツーがリーダー? う、うん。い、いいよー?」

「まぁ、それも良いでしょう……」

「……いいん、じゃない?」

「……別に、構わないわ」

 ん?
 
 今。一瞬、全員が揺らいだような。

 俺様の最強伝説が、この瞬間から始まるんだぞ?

 もっとこの俺様を敬い、従えコラ!

 裏切りや嘘、殺し合いが当たり前の世界で生きて来たフツヌシだが、今の仲間達の反応によって、中二病の少年ようにチクリと心が傷ついた。

 4体の神々は、しぶしぶ賛同したに過ぎない。

 リーダーは必要不可欠だから。 

 フツヌシがその立場に向いているから賛同したわけでは無い。

 体よく面倒事を押し付けられるのであれば、リーダーは誰がなっても良いわけだ。

 最悪の場合はフツヌシが全責任を負うから、彼らにとっては都合がいい。

 利害関係さえ一致すれば命令に従い、一緒に行動を共にするくらいの事は出来る。

 心に闇を抱え、極悪非道になり果てた黒龍側の神々だからこその選択である。

 まあいい。

 と、フツヌシは気持ちを切り替えた。

 実のところ最近、何もかもが楽しく無い。

 生きる事に酷い虚しさを感じていた。

 そんな矢先に、今回の勅命が轟いた。

 今度こそ最高の地位に立って、何もかもを思いのままに出来るチャンスだ。

 自分より幸せそうな奴がいたら、この手でむぎゅッと捻り潰せるではないか!

 再びワクワクが甦る。

 その時(・・・)が来たら。

 気に入らない奴らを散々苦しめた挙句、ジワジワと殺してやろう。

 思う存分、威張り散らしてやろう。

 ………どんなにかスカッとして、楽しいだろう!

 大きな賞賛を一度でも浴びたフツヌシのような者ほど、その輝かしいポジションに返り咲くため、世にも醜い蹴落とし合いを臆面も無く実行に移してゆく。


『どうせなら歴史に大きく名を刻んでから、死んでやる』


 それがフツヌシの、唯一の夢になっていた。