久遠と弥生の結婚式が、龍宮城の最上階にある神殿で今まさに、秘めやかに執り行われている。

 荘厳とした空気が漂っている。

 天界でのイベントだというのに、岩時の霊獣達は皆、特別に招待された。

 多種族が集える龍宮城は、どんな神々にも侵すことの出来ない高度な術式で守られている。

 鳳凰が守るこの城のルールには、たとえ最強神ですら介入できない。

 立派な袴や色鮮やかな着物姿で正装し、参列者は拍手で新郎新婦を迎えている。

 黒袴姿の久遠と白無垢姿の弥生が会場に現れると、その美しさに大きな歓声があがった。

 式場全体を祝福のオーラが包む。

「うっうっうっ…………やよちゃん! 僕のやよちゃんがぁ…………」

「おい、リョク、泣くな。さすがに鬱陶しいぞ。もう諦めろ」

 獅子アイトに小声で咎められ、狛犬リョクは無造作に涙をぬぐう。

「はい、そうですよね。でも僕、めっちゃみじめです。あんなにエロで、良いかっこしいの白猫なんかと、まさか本気で結婚しちゃうなんて。でも幸せそうだね、やよちゃんは。花嫁衣裳とっても似合ってる。僕の花嫁さんだったら良かったのに。幸せになってね、うっうっ、うっうっ…………」

「良い方みたいで良かったじゃねえか、白龍の久遠様はよ。よーしよし。今度俺が、お前にイイ女紹介してやるからな」

「お願いします!」

 弥生の両親も出席し、久遠と弥生を心から祝福している。

「良かった…………。弥生は幸せそうですね。あなた」

「本当にな。まさか、こんな事になろうとは」

 娘が神様と結婚するというのだから、天地がひっくり返るほどの驚きである。

 弥生の父と母は大変誇らしく、全てに感謝したい気持ちで一杯になった。

 今まで娘を守り抜き、何があっても大切に育ててきて本当に良かった。

 あの笑顔を見る限り、二人はきっと幸せになれるだろう。

 これからも龍宮城でずっと一緒に暮らせるよう、弥生の両親は神々に、特別な術を施してもらった。

 深名斗と深名孤の力が反転したせいで、この場所には、闇の力が立ち入れない。

 鳳凰一族はこの城を守るため、新たなる高度な守りの術式を施したのである。

 いつ最強神が反転したとしても、だれにも侵されたりしないように。


 式のクライマックスでは中央の壇上に、久遠は弥生と向かい合わせになって立つ。

 誰もが息を止めて見つめてしまうほど、白無垢姿の弥生は美しかった。

 純白の花嫁衣裳を自身の体の一部であるかのように、身に着けている。

 久遠は今までに無いくらい、これからの未来に期待を膨らませ、ワクワクしていた。

「綺麗な場所ですね…………」

「一番綺麗なのは弥生だ。今すぐにでも血を吸いたい」

 こっそり久遠が言うものだから、弥生はみるみるうちに赤面してしまう。

「あ、ありがとう、ございます。久遠様もすごく、お美しいです!」

「そうかな」

「そうです」

「では、私の血も後でたっぷり吸わせてあげるから、楽しみに待つといい」

「は、はぁ……血、ですか?」

 今まで人間だった弥生は当然、血を吸いたいなどと思った事はない。

 果たして美味しいのだろうか?

 久遠は今までに見たことの無いくらい、嬉しそうに微笑んでいる。

 神々しいお方だ、と弥生は思った。

 死によって引き裂かれるまで、苦楽を共にして、乗り越えていきたい。

 そして。たった一人でもいい。

 子供を授かったなら、うんと大切に、一緒に育てていきたい。

 透き通った丸い屋根から燦燦とした光が差し込み、神殿の中には色とりどりの花々が咲き乱れている。

 子といえば…………

 白龍の赤子二十体も、この式に参列していた。

 彼らのことは風雅とカナレ、それから梅や星狩などが交替で面倒を見ている。

 皆、式の間は驚くほど静かにしており、にこにこと笑っている。

「自分がいない間にまた、天界の様子が大きく変わったようじゃな」

 祝福に現れた神々の中に、白髪を揺らす絶世の美女がいた。

「龍宮城…………いい所じゃのう」

 最強神・深名孤である。

 身目麗しさとは裏腹に、言葉はおっとりとした、ただのおばあちゃんである。

 彼女も自分の席に座りながら、新郎新婦を優しい眼差しで見つめている。

 これで大好きな顔ぶれが揃った。

 梅をはじめとする霊獣達。

 龍の目の清名。

 神獣の星狩。

 招待した中には、爽を中心とした鳳凰達もいる。

 神々は、久遠と弥生を祝福した。

『光の祝福』

 色とりどりの光がふんわりと飛んで本物の花となり、輝きながら空中へと一斉に舞い上がる。


『水の祝福』


 虹色のシャボン玉が生まれ、音を立てながらはじけ、小さな水で出来た小鳥に変わって次々と羽ばたき出す。

 青と金色のドラゴンが、虹色の小鳥達と一緒に空へと舞い上がってゆく。


 みんなは拍手をしながら、それを見守る。


『炎の祝福』


 梅が立ち上がり、きらきらと黄金に輝く炎を、神殿の中全体に浴びせかけた。


 全員が火あぶり遭う恐怖を一瞬体感したが、徐々に体中が熱いパワーに守られている様な、不思議な感覚を味わった。

 
『風の祝福』


 深名孤が白いドラゴンに変身し、大きく息を吸い込むと、神殿の中全体に息を吹きかけた。


 一瞬、全員が吹き飛ばされそうな気分を味わったが、徐々にそれは爽快で大胆な、勇気溢れる気持ちへと変わってゆく。

「しかしまぁ、弥生が霊獣王とはな。考えたものだのう!」

「咄嗟に思いついた苦し紛れでしたが。どうにか彼女を守る事が出来ました」

 久遠の返事に、深名孤は嬉しそうに頷いた。

「嘘から出た誠とは良く言ったものよ。本当に良かったのう。まるでワシが結婚したみたいじゃわい!」

 祝福してくれた深名孤の方が、何倍も嬉しそうだ。

「人間の世界はワシが作った。色々あったが。弥生、おぬしという存在を生み出せた事こそ、我が誇り。おぬしはそのまま、変わらずにいるのじゃぞ」

「はい。深名孤様」

 久遠は弥生を見つめた。

 自分にとってこの瞬間が、一番の奇跡だと、しみじみ思う。

『久遠ちゃん……良かったわね』

 清名。

「ありがとう。感謝しかない」

 話したいことは沢山ある。

 時間をかけてゆっくりと伝えよう。

 久遠は弥生に、それから参列してくれた全員に向かってこう言った。

「これからも、どうかよろしく」

 弥生も幸せそうに笑った。

「この出会いに感謝します。……どうぞよろしくお願いいたします」

 拍手と歓声が会場を包み、幸せな結婚式は夜まで続いた。




  
 結婚式の何日か後。

 弥生は龍宮城から出られないが、久遠は深名孤の誘いを受けて、高天原の桃螺まで足を運んだ。

 八神の一員になるためである。

 深名斗と反転して以来、八神は大人しく深名孤の命に従っているのだが。

 闇の神・侵偃(シンエン)の動きがどうも怪しい。

 彼だけは新たに八神に入った風の神・久遠に対して当たりが強かった。

 それもそのはず。

 彼は自分の娘である伽蛇(カシャ)を、久遠と結婚させようと目論んでいたのである。

 白龍のトップになるであろう久遠を掌握し、これからは高天原の神々を易々と牛耳る事ができると思っていたのに、まさか彼が人間と結婚してしまうとは!

 これでは全世界に睨みをきかせ、自分の思い通りにする計画が台無しだ。

「久遠よ」

 久遠は一歩前に進み、深名孤が座る玉座の前に立った。

「これからは最強神の側近として仕えよ」

「は。慎んでお受け致します」

 深名孤は立ち上がり、久遠を正面から見つめた。

「深名孤様…………」

「ありがとうの、久遠よ。弥生の命を救い、天界に迎えられたのは喜ばしいことじゃ。おぬしのおかげじゃ」

 深名孤の声は、微かに震えている。

「ワシにはあの娘が、いかに尊い存在かがわかるつもりじゃ。おぬしは人を見る目があるわい。誰もがおぬしのような、正しい判断を下せるわけではない。英断を下せるのは、とことん考え抜く事のできるほんの一握りの、ごくわずかな者だけじゃ」

 私利私欲を捨て、何もかもを受け入れる覚悟を決め、自らの目で選び、堂々と前へ進める力強い存在。

「おぬしらの本当の赤子をいつか、この手で抱いてみたいものだがのう」

「ええ、是非。そう遠い未来では無いはずですよ、深名孤様」

 久遠は心からそう思っていた。

「ワシは、いつまで高天原におられるか、わからぬ」

「反転で、ですか?」

「そうじゃ。反転。ワシは人間の世界にいる事の方が多い。そしてすぐに何もかも忘れてしまうのじゃ。今、人間の世界でクスコになっている奴もな」

「……」

 これからはおぬしらの力で、天の原を、秩序を、守っていく必要がある。

 そのためには……

「久遠よ。梅や弥生と相談して、龍宮城を神々の学校にしてはどうじゃ。子供達をきちんと、教育してやる必要がある。特に、人間の素晴らしさについてをじゃ」