「何もできてないけどな」
自嘲気味に笑う嶺に私は首を横に振ってから、嶺の手を握った。
「おじいちゃんおばあちゃんには会ってもいいのかな?」
「あぁ。その許可はとった。明日にでも会いに行ってみるか?」
「嶺の仕事は?」
最近も嶺は会社には出勤せず、自宅でできる仕事のみ引き受けて行ってくれていた。
私から離れないようにしてくれているのだとわかっている。

それに、買い物へも嶺が車でスーパーまで一緒に来てくれるようになった。
時々私が一人になりたいときは、お店の外で待っていてくれることもある。

記憶の混乱がまたいつ起きるかわからない私を心配してくれていた。
「大丈夫。しばらく急ぎの仕事はないんだ。それに最近は鈴も手伝ってくれるから仕事が前よりもペースよく進んでるから。助かってるよ。」
「そんなに手伝えてないのに。」
「いや。いつも仕事の部屋はきれいだし、俺の苦手な譜面に落とす作業も早いし。アレンジも訂正の作業も鈴がやってくれているから、本当に助かる。」
「よかった」
私は記憶こそ思いだせてはいない。でも、技術的なことはやはり覚えていることが多く、嶺が弾いた曲を譜面に落とすこともできるようになっていた。