翌日の午後5時45分。所謂放課後と呼ばれる時間帯に、ある病院の個室の前に立つ優子の姿があった。


その姿をたまたま見ている看護師が居た。



「先輩、どうしたんですかね、あの子」



20代半ば、この病院に来てまだ3ヶ月の彼女はナースステーションに戻って先輩の看護師にそう声を掛ける。



「え? 誰?」


「ほら、2階の個室の橘さんの部屋を見てた子ですよぉ。ポニーテールの……」



二人は会話をしながら器用に作業をこなし、そしてまた二人で入院棟を回っていく。



「ああ、あの子ね。……橘さんの娘さんよ」


「え……ええっ!? 橘さんってお子さん居たんですか!?」



後輩看護師は思わず大きな声を出した。



「ちょっと、声大きいわよ」


「あっ、すみません……」


「橘さん娘さんともう一人息子さんいるのよ」


「えっ……ええ……」



後輩看護師は弱く驚きの声を漏らす。

でも、と彼女は考える。


ならどうして、あの子はあんな表情であの部屋を見ていたのだろう?



「でも先輩、あの子……」



そう言いかけた時に丁度彼女らは角を曲がった。そして優子の姿が目に入る。


無表情な横顔に、看護師達は思わず黙った。


優子は個室には入らず、スライド式のドアを開けて、その一歩外から中を見ていた。


な、なんで中に入らないんだろう……?


そんなことを考えながら看護師は優子の後ろを通り過ぎて行く。


その部屋の中の女性は眠っていた。


それを見つめる優子の眼差しは単色を示してはいなかった。

複雑に混ざりあって判別など出来ない。それが暖色なのか寒色なのかさえも分からない。


ただ1つだけ見えるような気がするのは、まるで鎖のような繋がりだけ。まるで囚人の手枷足枷のように自分の意志では離れることが出来ない。
人々の大半は鎖だなどとは思わない、その美しき繋がりは優子にとってもそうなのかは表情からだけでは測りがたかった。


看護師達が通り過ぎ、角を曲がってその姿が見えなくなっても、優子はその鎖が自分を繋ぎ止める先を見つめていた。