私はというと、そこでようやく彼の隅々に目をやった。

柔らかそうな黒髪、きちんと剃られた髭、皺の無い洋服。



「……ナンパ?」



夜だということを忘れてしまいそうなほど人工的な明かりに溢れたこの街で私をナンパした彼は、「ナンパ」という行為に見合わないほど堅実そうな見て呉れだった。



いや、今日だからかも知れない。


あまりに混沌としすぎた今日という日の都会の真ん中で、私の麻痺した脳は“まとも”を“誠実”に捉えてしまったのかも知れなかった。



「そっ。どう?」



余裕のある、でも嫌みの無い笑顔を浮かべながら短くリズミカルに言葉を発する。


……前言撤回。見た目は真面目っぽいけど、こいつはチャラそうだ。



「……いいよ」



それでもらしくなくナンパに応じてしまったのは顔がタイプだったから。もう好み中の好み。


それだけで応じるのはナンパする人と変わらないと思ったけど、そんな面倒くさいことを考えてこの人を逃してしまう方が私には馬鹿に思えた。


それから、やっぱりきっと脳がバグを起こしていて、ナンパをするような彼をまともだと思ってしまったのだと思う。



「お、まじ?」



私の答えが彼には意外だったのか、元々大きな目を更に大きくした。



「うん。……そこ、入る?」



私は通りの向こう側にあるカフェを指差した。



「オッケー、行こ」



その彼の言葉を合図に、私は彼とさっきまで厭っていた人混みに足を進めることになってしまった。