いつから優子は俺を「お兄ちゃん」と呼ばなくなったのだろう。


優子はずっと、俺の大切な宝物だった。

幼少期の5歳はかなり大きい。
俺が5歳の時に生まれてきた優子は信じられないくらい小さくて、可愛かった。ふくふくとした小さな手が俺の指を握った時、俺はこの小さな生き物を守らなくてはいけないとどこか本能的に思ったのだった。

俺達は他の兄妹よりも少し近い距離感で育ってきた。

その理由は――。



『うるっせえんだよ、そのガキ!! さっさと黙らせらんねえのかっ!?』



父親はまだ乳児の優子に向かって酷く怒鳴った。
俺は優子が生まれてから両親が狂っていくのを子供ながらに感じていた。


その頃の俺は、優子を産んだ母親と俺を産んだ母親が違うことを理解していた。そして父親は薫――優子を産んだ母親――を愛していないことも。きっと俺を産んだ母親を想い続けているのだということも。


でも俺には両親の事情なんて関係無い。優子が俺の妹であることには変わりはなくて、大切な存在だった。


母親はまだその頃は何とか優子の世話を一人でこなしていた。誰だって自分で産んだ子供は愛しいだろう。まだ彼女は母親だった。

しかし父親は日に日に母親と優子に攻撃的になっていく。その怒鳴り声は子供の俺には死を思わせるほど恐ろしいものだった。

それでも母親は母親を演じていた。――人の前では。


母親は優子の前でのみ豹変するようになった。その切り替えが巧妙で、俺は中々気付かなかった。

ある日、もう優子が3歳になった頃。優子と母親はリビングで二人で話していた。



『……優子のせいだよ』



俺は何となく異変を感じてその会話を隠れて聞いていることにする。



『全部、優子のせいだよ。お前が生まれてきたからいけなかったんだよ』



それはまるで昔話でもするような柔らかな口調で、余計に恐怖を煽った。
最早病的だったのかもしれない。



『全部お前が壊したんだ』



何を言ってやがる。


聞いた瞬間、頭に血がのぼったのを覚えている。