「っんだよ! またかよてめえ!」


「しっ! 声が大きいよ京一」


「うるせえ! お前に名前呼ばれる筋合いはねえ」



緑が芽吹き鮮やかなキャンパスの庭で、京一はユウに人目の付かない物陰に連れ込まれていた。

これまで何度もユウは京一に接触を図り、その度に京一は「なんだよ」と悪態を吐いた。ようやく今日、逃げられずに済んだのである。正確に言えば逃げられないよう壁際に追い詰め、顔の横に両手をついているのだが。



「で? 何だよ早く済ませろよ」



京一は半ば諦めたように溜め息を吐き、腕を組んで背後の壁にもたれた。



「レイのことなんだけど」


「は? レイ? 誰だよ」


「ああ、ごめん。優子ちゃんのこと」



その名前が出た瞬間、京一の眉毛が少し動いた。
それが何を意味しているのかはユウには分からない。



「ちょっと気になることがあるんだよ。京一、優子ちゃんのことしっかり見張っててよ」


「何でだよ。あいつは俺には関係ねえだろうが」


「京一はレイのお兄ちゃんでしょ。ちゃんと妹のこと守ってよ」


「はあ? そんなことかよ……。それならてめえが“守って”やれば良いんじゃねえの?」



京一はユウの言った「守って」という部分を強調して言い、薄く笑う。



「……俺じゃ駄目なんだよ」



口の中で微かに音にした言葉は京一に聞こえる筈もなくて、京一は「? 何だよ?」と怪訝そうな顔をした。



「んでもねえ。……家族だろうが。お前は優子の家族だろ? 優子を守れんのはお前だけだろうが……!」


「何なんだよ本当。うるせえんだよ。失せろ」



顔を近づけて低くドスを聞かせる京一。
ユウは動じること無く真っ直ぐに視線をぶつける。



「君のお母さんの葬式の日、レイは誰の名前を呼んでたと思う?」


「……知らねえよ」





「息も出来ないくらい泣いて、ずっと――京一って呼んでたんだよ」