いつも通り、部活から帰ってきた私は、誰もいない家で1人で夜ご飯を食べていた。
お父さんはお母さんのお見舞いに行っていて、いつも遅くなる。
「すぐに治るけど、念のために入院する。」
そうお父さんに言い聞かされていた私は、その日スマホにかかってきた電話を軽い気持ちで取った。
「さくら、今から病院に来い。」
「わかった。」
そう言って、自転車で15分。
近くの総合病院に入ると、お父さんが立っていた。
何も話さずにお母さんの病室に入る。その姿を見た瞬間、わかった。
死んでいた。
ただ黙って立っている私に、お父さんは言った。
「お母さんはな、がん、だったんだよ。」
急に知らされた真実に、私は戸惑った。
「さくらが、剣道の全国の舞台で頑張ってるのに、言うわけにはいかない。」
それがお母さんの判断だったと、死んだお母さんの顔を見ながら聞いた。
「剣道を、頑張りなさい。」
最後の言葉を思い出して、私は悟った。
それは、「私も頑張ったんだから、あなたも頑張りなさい。」という意味だったのだ。
 それからのことは、あまり覚えていない。気づけば1週間が過ぎていた。
そして、ある日、仕事に行ったお父さんの机の上に、書きかけの手紙が置いてあるのを見つけた。
私の父方の祖母に宛てたものだった。
「さくらが重荷なんです。あの子を見ていると、いつも思い出してしまう。もう限界。」
私は重荷でしかない。
今まできちんと育ててきてくれたお父さんを、これ以上困らせるわけにはいかない。
本能的にそう思った。
帰ってきたお父さんにすべてを話して、「おばあちゃんのところに行く。」と伝えた。
それからの手続きもなにもかも、お父さんがしてくれた。
最後に、大きな荷物を抱えて電車に乗ったとき、彼は言った。
「ごめんな。」
彼は、泣いていた。
私は、泣かなかった。
電車が出発した時も、おばあちゃんの家に着いた時も、泣かなかった。
溢れる涙がどこにあるのかさえ、わからなかった。
 おばあちゃんは私を見て、黙って頷いた。
「凌太は?」
と聞いた私を抱きしめてくれた。
思っていたよりも力強い腕の中で、困ってしまった。
そんな私に、おばあちゃんは言った。
「凌太くん、心配してたよ。さくらちゃんのこと。」
またまた困ってしまう。あいつが心配するなんて、あるはずがない。