「俺は爽乃のことが好きだ。高校生じゃなくなってもずっと一緒にいたい。」

蒼大がその言葉を言う直前、彼の後ろで玄関のドアが開き、両親の姿が現れた。彼の言葉を聞き目を見開いたお父さんが荷物を落としドサッという音がする。

「!?!?!?!?!?」

蒼大はバッと振り返り、両親の姿を認めるとそのまま固まった。

「え~爽乃~!?」

お母さんは驚きと喜びが入り混じった顔で彼の顔を見ながら私に説明を促した。

「お、お母さん、あのね・・・。」

話そうとした私の言葉をお父さんが遮った。

「まあ、立ち話もなんだから上がりなさい。」

そう言いながら微動だにしない蒼大の横を通り家に上がったお父さんに妹が指摘した。

「お父さん、靴~!」



「昨日お父さん、靴はいたまま上がろうとするんだもん。面白かったね。」

「いや、俺はそれどころじゃなかった。」

蒼大が気まずそうに俯く。

いつもの公園のベンチに並んで座っている。

「私もあの時はそうだったけれど、今思い出したら笑えるなって。」

あの後、蒼大も一緒に夕飯を食べた。彼が来るのがわかっていたら、もっと自信のあるメニューにしたのに。なんだかパッとしない料理ばかりで恥ずかしかった。

食事中はお母さんが先導して蒼大に高校時代や受験の話、これから行く大学の話を聞いたり、桜祭りやこの町の話などをして、結局告白の返事もできないまま、家の前で彼を見送ることになった。

その後電話で話したのに結局言えなくて・・・『私も好きだよ。』って答えるだけなのに・・・蒼大はすごく思いきって告白してくれたんだなと思った。しかも家族の前で。

今日こそ言わなきゃ、その為にここに来てもらったんだから。蒼大の方を見ると彼が先に核心に触れた。

「・・・西のこと、鹿江───坊主のやつ───に聞いたんだ。100均のベンチで爽乃と西が一緒にいるの見たって。」

彼は地面を見ながら絞り出すようにそう言った。

「え・・・!?!?!?!?!?!?」

耳を疑う。見られてたの!?いつから、いつまで・・・!?まさか・・・!?

蒼大は顔を上げると、私の頬に手を当てて、もう片方の手で両手を握ってきた・・・あの時の西くんのように。あそこまで見られてたんだ・・・。

彼の体温が頬と手から顔と体全体に広がっていくけれど、泣きそうな気持ちも一緒に広がっていく。

「それで・・・どうしたんだ?」

決意したように口を開いた蒼大も今にも泣き出しそうな切ない顔で聞いてくる。

「『ごめんなさい。』って言ったよ。」



あの時・・・すごく大きな声でそう言った自分に驚いた。気がついたら涙がこぼれていて、西くんはハッとして私から離れると『こっちこそごめん。』とハンカチを差し出してくれた。私は『自分の、あるから。』と断って涙を拭いた。

西くんは自販機で紙コップのホットミルクを買って『時々飲んでたでしょ。』と私に差し出してくれた。慌ててポシェットからお財布を出すと『いいから。』と彼はお財布をポシェットに戻してファスナーを閉めた。再び近くに顔が来たけれど彼はもう私と目を合わせなかった。

しばらくすると西くんは『俺、休憩終わりだから。』と立ち上がり、とっくに空になっていたペットボトルをゴミ箱に入れた。『バイト、頑張ってね。』と声をかけると『ありがと。大学まで続けられたらバイトリーダーになれて時給も上がったんだけどね。』と笑った。

『じゃ。お互い大学生活楽しもうね。』そう言って去ろうとする西くんの服を掴んだ。『私なんかのこと好きになってくれてありがとう。』そう言うと彼は『そういうこと言わないでよ。諦められなくなる。』と泣き笑いみたいな表情で言った。

『こういう時って握手とかしたらいいのかもしれないけど、そのまま手を引いて抱きしめたくなっちゃうから。』彼はそう言って微笑もうとしたみたいだけれど微笑みきれていなかった。

『ごめんなさい・・・。』申し訳なくなって謝ると『謝らないで。ちゃんとカヤと幸せになってよ。』と言って私のおでこを指でツンと押した。『うん。』と頷くと、西くんも頷き返して『じゃ。』と手を挙げると振り返ることなくお店に戻って行った。



「!?!?!?・・・キスは?」

話し終わると蒼大は驚いた顔で私の頬から手を離した。

「してないよ。そういうことは、好き、な人としか・・・。」

私の言葉に彼がハッとした表情になる。どうしよう、緊張して泣きそう。でも今言わなきゃ。膝の上で両手を握りしめて心を決める。

「私も蒼大のことが好き。これからもずっと一緒にいたい。」

彼の目を見つめてそう言った瞬間、ぎゅっと抱きしめられていた。今までで一番強くて痛いくらいだ。でもそれが嬉しくて幸せで・・・。けれど・・・。

「蒼大、ここじゃ駄目・・・それに、時間が・・・。ごめんね、私が呼び出したのに時間少ししかなくて・・・でも、どうしても今日会って話したかったの。」

公園ではたくさんの子供達が遊んでいたし、小さな子を連れたママ達も、おしゃべりをしているお年寄り達もいる。それに今日は妹の誕生日で家族全員、それから妹の学校の友達を数人呼んでパーティーをすることになっていた。『春休み中だから皆出かけたりするかもしれないし、学校があるうちにお誕生日会したら。』とお母さんが言ったけれど妹は『お誕生日の日がいい。』と言ってきかなかったのだ。

蒼大は体を離すと私の手をとって立ち上がった。

「行こう。送る。少しでも長く一緒にいたいから。」

切ない声で発せられたその言葉にどぎまぎしていると彼が手を握り直し、いつもとは違う繋ぎ方になる。握手ではなく、指と指を組んだ繋ぎ方───繋がっている感がより強くて鼓動が一気に速くなる。



家に向かって歩く。手を繋いで歩いているのが嬉しいけれど恥ずかしくて下を向いていた私は向こうから坊主の・・・鹿江くんが歩いてきたことに直前まで気がつかなかった。気づいて慌てて手を離そうとすると、蒼大が繋いだ手にグッと力を入れ離せなかったので、とっさに彼の後ろに隠れた。

「おっ、カヤ!お前、こないだは急に電話切りやがって!せっかくあのイケメン西が豪快に振られた話を・・・おぉっ!?!?」

鹿江くんは私に気づいてから、繋いだ手に視線を移すと大きくのけぞった。

「え・・・だって彼女じゃないって・・・。」

鹿江くんは目を見開いて、固く組まれた手をじっと見たまま言う。手のひらが汗ばんでくるのを感じた。

「彼女だよ。ついさっきから。」

蒼大がはっきりとした声で宣言するように言った。『彼女』・・・その言葉にめまいがしそうになる。私・・・蒼大の・・・彼女!?じゃあ蒼大は私の彼氏!?私達は恋人同士・・・付き合ってるんだ・・・嘘みたい。

「な?」

蒼大が振り返って言う。その瞳は強くて優しくて目頭がツンとした。こくこくと頷く。

「まじか~!影山もそうだけど、西よりもカヤか。やるな、お前!」

「うるさいよ。急ぐから。」

蒼大はぴしゃりと言うと足を早めて鹿江くんの横を通り過ぎた。



その後家の前まで二人とも無言だった。名残惜しい気持ちですっかり熱くなった手を離す。

「今日はありがとう・・・夜、電話してもいい?」

手を離したのでやっと蒼大の顔が見られた。

「いいに決まってるだろ。」

彼は少し怒ったように目を逸らす。

「じゃ・・・夜にね。」

「・・・おお。じゃあな。」

彼はそう言いつつその場に立ったままだ。

「蒼大?」

「家に入れよ・・・その、爽乃の姿を一秒でも長く見てたいんだよ。」

頬を染めて恥ずかしさに耐えかねるような顔で言われて、私の顔も熱くなる。

「そ、そそっか。じゃあね。」

彼の視線を感じて全身がそわそわして、玄関の鍵を開けるのに少し手間取ってしまった。ドアを開けて玄関に入り、彼の方を見ると熱のこもった目でこちらを見ていた。彼の元に戻りたい気持ちを抑えつつ小さく手を振ると、蒼大は『うん。』という表情で頷いた。

ドアを閉めて鍵をかけても、騒がしい胸が落ち着くまでしばらくそこから動くことが出来なかった。