メイクコスメが増えたので収納するカゴを買いに100円ショップに来ていた。雑誌の付録のバニティポーチにも筆などを収納するポケットがついていて使いやすそうだったけれど、かわいいポーチをコスメで汚してしまいそうだったので、汚れたらすぐに洗えるプラスチックのカゴに収納しようと思ったのだ。

コスメ、今後もっと増えると思うし、出来るだけ大きいのがいいな・・・そう思ってプラスチックの収納グッズが置かれているコーナーを見渡すと、一番上の棚に大きいカゴがあった。可愛らしいレースのような透かし模様になっている。

見渡すと踏み台があったので持ってきて昇る。それでも背伸びしないと届かない。カゴはいくつも重ねられていて結構重い。一番上の1つだけとって残りを片手で戻そうとした時───

「あっ!」

バランスを崩して踏み台から後ろ向きに落ちそうになってしまった。背中に地球の引力を感じる。後頭部打ったら痛そう・・・頭に浮かんだのはそんなことだった。

「!?!?」

床にぶつかるかわりに、両肩に力が加わって、背中に暖かさを感じる。振り返るとお店のエプロンをつけた店員さんが体を支えてくれていた。

「す、すみません!ありがとうございます!」

体勢を立て直すのを助けてくれた。踏み台から降りると顔も見ずに深くお辞儀をした。

「爽乃さん?」

ふいに自分の名前が頭上から降ってきて驚いて顔を上げる。

「え?」

店員さんを見ると同じ歳くらいの男子だった。小学校か中学校の時の同級生の誰か・・・?

「髪型違うからわからなかった。俺、カヤの同級生の西です。こないだ公園で会った、坊主じゃない方。」

「あ・・・。」

あの時あんまり話さなかった方の人か。改めて見るとなんて整った顔。クラスの皆がかっこいいって言っていたイケメン俳優に似ているような・・・あの人なんて名前だっけ?

「俺、今から休憩なんだ。少し話せない?」

「え?えーっと・・・。」

───何で?何を?助けてはもらったけれど・・・。

唐突な申し出にただただ戸惑う。

「カヤのことで話したいんだ。」

「!?!?」




通路の突き当たりに自動販売機があり、その隣に置かれたベンチに並んで腰をおろす。蒼大とあの公園のベンチに初めて並んで座った日のことを思い出す。

「単刀直入に言うけど、爽乃さんてカヤのこと好きでしょ?」

西くんは自販で買った炭酸飲料をひと口飲むと口を開いた。

「!?!?!?」

「見てたらわかるよ。」

穏やかに笑いながら話す彼は、中身は少し落ち着いているというか、お兄さんぽい感じがする。

「・・・好きっていうか・・・一緒にいたいって思うし、一緒にいるとすごく楽しいし・・・。」

蒼大のこととなると適当に受け流すようなことは出来ず、しどろもどろになりつつ答えた。そんな私を彼は優しい眼差しで見ている。

「それに、こないだ影山がカヤがいるから同じ大学選んだのかもって聞いた時、モヤモヤしたでしょ?」

なんで・・・わかるんだろう。あの時、とにかくその場を去りたくなってしまった。

「ま、まあ・・・した、かな・・・。」

「それは嫉妬。好きってこと。恋以外の何ものでもないよ。」

「そう・・・なの?」

初めて会った人に自分でも何だかわからなかったこの気持ちの正体を明かされるなんて変な感じだ。でも、いざこの気持ちを『恋』と名付けてしまうと驚くほどにしっくり来た。

何故かわからないけれど、今まで何らかの理由をつけては『これは恋じゃない。』なんて自分に言い聞かせていた。でもずっと私の中にあった気持ちは恋でしかなかった。

『この扉はこの鍵では開かない。』って決めつけて試しもしなかった。でも実際は心の奥では扉がこの鍵で開くってわかっていて、ただその未知の世界に踏み出すのが怖かっただけなのかもしれない。

だってあの時、彼が起き上がって、もう一回キスするんだとわかった時、自然に目を閉じていた・・・彼に触れてほしかった。私はその気持ちを知ってしまったんだ。

「あの偏差値高い高校行ってたのに、恋愛偏差値は低いんだ。」

すとんと納得した様子の私を見ながら、微笑んで嫌みのない感じで言われ、俯いてしまう。

「・・・。」

───私、蒼大のこと・・・。これからどうしたら・・・。

蒼大とのこれからに思いを巡らそうとした私の思考は次の西くんの言葉でその場に留まることになった。

「で、記憶力もいいんだろうに俺のことは覚えてないんだ?」

寂しさと切なさを含んだ静かな声だった。

「え?」

顔を上げて彼をじっと見る。思い返してみたけれど会ったのはあの公園が初めてだと思う。

「ペンギン、好きでしょ?それから色は暖色と寒色だったら寒色が好き。あと、弟と妹いるよね。」

「え・・・。」

「ずっと見てたから。いつも制服姿で、ジッパー付きの食品保存袋とかお弁当のアルミカップとか、レンジフードの汚れ防止カバーとか、角の方掃除する柄付きの小さいスポンジだとかセスキソーダとか、そんなもんばっかり買ってて『主婦か!』って思ってた。」

くすっと笑いながら言う笑顔が眩しい。雑誌にでも載っていそうだ。

「主婦みたいってよく言われる・・・。」

「でもある日から爽乃さんのこと気になり始めたんだ。」

「え・・・!?」

耳に入ってきた全く予想だにしていなかった言葉がまるで凝固剤のように全身を固めたので、そう発するので精一杯だった。

「バイト始めたばかりの頃、たまたま店内に俺しかいない時、混んでいてレジにも人が10人以上並んでて焦ってた。バックヤードにいた店長も大事な電話中でさ。その時におばあさんに『台ふきんはどこかしら?』って聞かれて、俺があちらの棚です。』って指差してもわかってもらえなくて。そうしたら爽乃さん、次会計の番だったのにスッとレジの列から離れておばあさんを案内してくれた。」

「あ・・・。」

あの時の光景が頭に浮かぶ。

「見てたら、他のものもどこか聞かれてて、一緒に探してあげててさ。レジに来た時に俺がお礼を言ったら『お陰で素敵な商品見つけたから。』っておばあさんとすっかり仲良くなって同じ商品買ってて・・・。」

今でも道で会うと挨拶を交わすかわいらしいおばあさんを思い出す。あの時の店員さんが西くんだったんだ。

「それから店に来ると嬉しくて目で追うようになってた。爽乃さん、ペンギングッズが出るとどれ買うかすげー悩んでてカゴに入れたやつ戻して別の商品手にしてみたりとかしてたよね。それ見てペンギン商品が入荷したら俺、内緒で全種類1つずつキープしてバックヤードに隠してたんだよね。結構入れ替わり激しいし人気のものはすぐ売れちゃうから。それで爽乃さんが来たら店頭に並べた。俺のシフトの時にしか出来なかったけど。来る曜日はバラバラだったけど時間帯は同じだったし。」

「そうだったの・・・ありがとう。」

確かに商品が少なくても全種類最後の1個は残っていた。

「でも、私最後の1個って買えないんだ・・・私よりもっとほしい人がいるかもしれないと思うと・・・。小さい子が『お小遣い入ったから今日あれ買うんだ!』って来るかもしれないし・・・。だから、その、ごめんなさい。せっかくとっておいてくれたのに。」

西くんの顔を見て言うと熱っぽい視線を向けられ驚く。先程までの余裕がある感じの彼とは明らかに違う。蒼大が私に触れる前にしていたのと同じような目だった。

「あの・・・!!!!!!」

とっさに声を出した瞬間、私は彼の腕の中にいた。

「好きだ。二年間ずっと好きだった。」

グッと抱きしめられて背筋が凍りそうになる。蒼大に抱きしめられた時とは全然違う。

「離して・・・。」

抵抗すると離してくれた。体が震えている。感情がぐしゃぐしゃだ。

「ごめん、急に。でもやっと言えた。」

「なんで・・・?ほとんど話したこともないのに・・・。」

「好きになるってそういうことだと思う。そんなに大袈裟なことじゃないんだ。」

「!」

改めて聞いた『好き』という言葉が胸に刺さる。

「カヤが爽乃さんのこと好きなのもわかってる。カヤはいつも一人でいたけど、同級生で一番話してたのは俺だと思う。俺はあいつのこと人として好きだけど、爽乃さんのことは譲れない。公園で二人を見て驚いた。見ててお互い好きなんだってわかって諦めようと思ったけど無理だった。俺の方が前から、それにずっと強く爽乃さんのことが好きだ。大切にする。絶対幸せにするから。カヤのこと好きなままでいいから、俺と付き合ってほしい。好きになってもらえるように頑張るから。」

真剣な眼差し。私のことそんなに長くそんな風に思っていてくれた人がいたんだ。信じられないけれど、有り難くて申し訳ないくらい。でも、私は・・・。

「西くん・・・あの・・・。」

「俺、大学遠いしここのバイト今月で辞めるんだ。だから今月中に爽乃さんに告白したかった。でも前は来るの放課後の時間だったけど、最近は日によって違うみたいだったからシフトたくさん入れてたんだ。」

「あの、驚き過ぎてなんて言ったらいいかわからないんだけど・・・私・・・ね。」

私が言おうとしていた言葉は、ドキリとするような質問に遮られた。

「カヤにもう好きとか付き合ってとか言われた?」

首を横に振った。西くんがあの公園で私達を見てそう思ったように蒼大も私のことをそういう風に───好きって───思ってくれてるの?

「もしかしてもうキスとかした・・・?」

顔がカアッと熱くなる。言葉にしなくても彼にはそれが肯定だとわかったようだった。

「・・・じゃあ、俺ともキスして?」

「え・・・。」

その言葉の意味を理解するより前に頬に手を当てられ彼の顔が近づいてきた。反射的に後ずさると自動販売機の側面に後頭部と背中がぶつかって機械の熱と振動を感じる。焦って立ち上がろうとすると、彼がもう片方の手で私の膝の上の両手をまとめてぎゅっと掴んだ。

「あいつとどっちがいいか比べて。」

耳元で西くんの声が響いた。