『昼間は話が途中になっちゃったし、あいつらが変なこと言ってごめん。次は俺が行きたいところに付き合ってくれないか?』

昨日の夜、蒼大から連絡が来て今日会うことになった。行き先は区がやっているプラネタリウム。高校生は150円で観られる。

受付で生徒手帳を見せる時、ひなまつりの日に昨日の公園のベンチで、顔写真を蒼大に思いきり笑われたことを思い出す。既に懐かしい。最近は切ない顔や難しい顔ばかりだから、またあの笑顔が見たいなと思う。

3月はもう半分過ぎてしまった。4月になったら、蒼大は影山さんと同じ大学に通う。たとえ今は何とも思っていなかったとしても、あんな綺麗な子と一緒にいたら・・・でも関係ないんだよね。あと二週間したらサヨナラなんだもの。私は(なか)ばやけくそにそう思おうとしている自分に気がついて驚いた。

私が彼に強く惹かれていることは確かだけれど、これは恋と呼べるほどのものなのか自信がなかった。ドラマや漫画で『好きです。』と告白する登場人物と同じ気持ちなのかわからなかったのだ。自分が誰かに恋をすることなんて想像できなかったし。期間限定の関係なのならもういっそのこと、これは恋なんかじゃないと思えた方が気が楽になるのだろう。


並んで椅子に座る。今日はネイビーでVネックのジャンパースカート、インナーはくすみピンクのタートルネックニットだ。ニットパーカーを脱いで膝にかけながら、昨日のことはなかったかのように蒼大に話しかける。

「リニューアルしたのかな?綺麗だし豪華だね。150円で入れるなんてすごいね。」

「区のやつのわりになかなかやるよな。爽乃も来たことあるんだ。俺、小学校も中学も公立だったけど、爽乃とは一緒じゃなかったな。」

「小さい頃は駅の近くのマンションに住んでたの。でもそこは狭いし家賃も高くて、上の弟が産まれた時に駅の反対側の方に引っ越して、それで高校に入る頃に今の家に引っ越したんだ。」

中学、と聞いて影山さんや昨日の男子達を思い出す。もし彼と同級生として出逢っていたら私達の関係はどうだったのだろう。面識はあってもほとんど会話を交わすことがなかったのか、それともなんとなく気が合って仲良くなっていたということも絶対ないとは言えないのだろうか。

「まもなく上映を開始します。」

アナウンスがあった。平日なので館内はすいていて席はポツポツとしか埋まっていない。かなり前方にいる人達が椅子の背もたれを倒したのでそれに(なら)って私達も倒した。照明が落ちて暗くなる。

「・・・例え中学の同級生として出逢っていたとしても、俺は爽乃に対して今と同じような気持ちを持っていたと思う。」

蒼大が天井を見つめたまま呟いた。驚いた。私と同じことを考えていたんだ。でもそれってどういう意味だろう。

「爽乃は他の女子とは全然違う。会いたくて、一緒にいる時間がすごく大切で、こんな風に思う人に会ったことがない。でも、俺、正直この気持ちが何なのかわからない。それで、何なのかはっきり知りたい。」

「蒼大・・・。」

私も同じ、と言おうとしたけれど天井に映り始めた映像に一瞬気をとられ、彼がそのまま続けた。

「だから『深い意味ない』っていうのは、その・・・照れ隠しで言っただけだから。ちゃんと意味あるから。」

横目で見てみるとなんだか苦しそうに顔をしかめている。暗くてよくわからないけれど、もしかして照れているのかな。

落ち着いた声の女性のナレーションが聴こえ、プログラムが始まる。まずは宇宙の始まりを紹介するようだ。普段だったらとても興味深いと思える内容だった。でも私の頭の中は隣にいる蒼大のことでいっぱいだった。

ふいに私の右手に蒼大の左手が触れる。驚いて反射的に手を引っ込めると、その手を追って彼が手を伸ばした。

蒼大の方に顔を向けると彼もこちらを向いていた。さっきよりは暗さに目が慣れてきていて、切ない顔をしているのがわかる。目が合った途端、手をぎゅっと握手のように握ってきた。彼の手は少し汗をかいているようで湿っていた。

───あたたかい。

私も今の気持ちを精一杯込めてその手を握り返した。彼も同じ気持ちでいてくれた喜びと自分の気持ちなのによくわからないという不安、両方の気持ちがあったけれど、繋いだ手から力が湧いてくるようで、その温もりに浸っていた。

人々が謎に包まれた宇宙のことを知りたいと思うのと同じように、今私達は自分達の中にある未知な気持ちを何とか解明したいと思っていた。それは宇宙に比べたらあまりにも小さなものだけれど、私達にとってはとても大きなことだった。