昨日提案して今日行くなんて、急過ぎただろうか?でも、早く彼女に会いたい気持ちが自覚していたよりも強かったのかもしれない。無意識のうちに『明日は?』なんて言ってしまっていた。

だとしたら俺が彼女に会いたいと思うのは何故なんだろう。高校生活を同じように勉強に費やして、高校生らしい遊びをしたことがない仲間だからか?

どこを見るでもなくぼんやりと考えていると、タタタッと走ってくる女性が俺の視界の端に飛び込んできた。彼女は一瞬立ち止まると再び走りだし、次第に俺の視界の大きい領域を占めていく。

それが爽乃だとわかってドキリとする。かっちりした制服とも、昨日のラフな服装とも違う、ふんわりと女の子らしい服装の彼女がいた。

「ごめんね!また待たせちゃった。」

目の前に立った彼女は息が荒くて頬が少し上気している。よく見ると化粧もしているようだ。

「や、別に。まだ待ち合わせ時間前だし。」

そう言うと彼女が俺のことをじっと見た。

「なんだよ・・・。」

「白も似合うなと思って・・・あ、何でもない・・・。」

パッと目を逸らす。制服が黒だから今日は黒いTシャツの上に白いジャケットを着ていた。デニムパンツは黒、ショルダーバッグも黒だが、赤いロゴタグがアクセントになっている。こんな風に意識して服を選んだことなんてなくて、鏡の前でまた心の中のもう一人の自分に『お前、何やってんの?』と言われてしまった。

「行こうか。」




水族館に到着し、色とりどりの熱帯魚から地味な感じの川魚まで順路通りに見て歩く。マンボウが大き過ぎて二人で笑った。

お目当てのペンギンコーナーは外だった。

「久しぶりだ~。」

はしゃぐわけでもなく目尻を下げながらじんわりと静かにそう言ってシャッターを切る彼女の横顔を見下ろす。

───きれいだ・・・な。

「昔は170cmとかあるペンギンもいたらしいよ。怖いけど会ってみたいな。」

「・・・。」

目が離せない。俺は見ることに全神経を集中させていた。

蒼大(あおと)?」

思わず見とれてしまい無言になってしまっていると、ふいに彼女がこちらを向いて目が合い、名前を呼ばれてドキッとする。

「あ・・・ごめん。聞いてなかった。」

初めて名前を呼んでもらった余韻が残っている。顔に出てしまっていないだろうか。

「ごめんね。やっぱりつまらなかったよね。まだ時間早いしどこか別のところ・・・。」

そう言ってその場を離れようとする彼女の腕を掴む。決してつまらないわけではない。むしろ楽しい。だけど、横顔に見とれていたとはとても言えない。

「あ、俺写真とろっか?ペンギンと。」

「・・・撮るなら・・・その・・・また二人で一緒に撮りたいな。思い出の写真。」

はにかみながら言われて緊張してきてしまう。俺達の他にもう一組いたと思ったけれど、いつのまにか誰もいなくなっていて、より胸がざわめく。

目の前の花壇に携帯を置いて、ペンギンが写るようにかがんで写真を撮った。

撮影が終わって立ち上がると、彼女が口を開いた。

「今日本当にありがとね。」

柔らかな微笑みの中に確かな強い感謝の気持ちがあった。

「・・・何言ってんだよ。まだ今日は始まったばかりだろ。」

「今日だけじゃなくて、今日までの全部ありがとう。卒業式だって蒼大がいなかったら、私ただ帰宅して終わりだったよ。」

「それは・・・俺もだから。ほら、そこの階段降りたらペンギンの泳ぐところも見られるし、行くぞ。」

こんな二人きりのところでそんなこと言わないでほしい。どんどん騒がしくなる胸に気がつかないふりをしようとしたが無理だった。俺は自分が彼女に惹かれていることに気づいてしまった。




陸上ではヨチヨチ歩きのペンギンが水中でスイスイ泳ぐ様子を見ていたらイルカショーの時間になったので見に行くことにした。

高くジャンプしたり背中にトレーナーを乗せて泳ぐイルカの演技はすごかったけれど、俺は隣にいる爽乃の横顔ばかり見てしまっていた。思いっきり笑っているという訳でもなくすごく穏やかに楽しんでいる表情が俺の心を惹き付けて離さなかった。



イルカのショーが終わり、順路に戻る。ペンギン、イルカと共に楽しみにしていたクラゲのコーナーに来た。

「暗いから気をつけてね。あっ!」

自分で言っておいてよろけた爽乃を支える。

「・・・ごめん。」

そう言う彼女から爽やかないい香りがして鼻だけでなく心までくすぐられた。衝動的に手を繋ごうと自分の手を彼女の手に伸ばしていたけれど、触れる前に爽乃はスッと離れ、クラゲの水槽の前に立った。

「このクラゲ、猛毒だって。でも幻想的で綺麗だね。」

「・・・暗いし、写真綺麗に撮るのは難しそうだな。」

水槽に映る爽乃のすぐ隣に自分の顔が映る。この瞬間をすごく尊く感じた。

クラゲコーナーは三方の壁にそれぞれいくつかの水槽が設置される形で展示がなされていたが、ひとつだけ別になって展示されているクラゲがいた。新しく来たばかりの種類で今この水族館の目玉のようだ。

その水槽に向かう通路に進むと先客がいるのが見えた。

「「!!!」」

近づくと俺達とそんなに歳の変わらないカップルが熱いキスを交わしていた。人がキスをするところをドラマ以外で初めて見てしまった。

俺も隣の爽乃も目の前の衝撃的な光景に固まってしまっていると、カップルの女性の方が目を開けてこちらを見た。唇はまだ繋がったままだ。

「!!」

その瞬間、俺は爽乃の肩を掴んで自分の方を向かせると、彼女の後頭部に右手を当てて顔を自分の胸に引き付け、左手を彼女の腰に回してグッと自分に近づけていた。