戸を盾にするように身体を屈めた私は、奥の窓際の席に2つ人影を見つけた。
電気がついていないせいで、教室の中は少し暗い。
けれど、窓ガラスを突き抜けて差し込む黄金色の光が、暖かな色合いで室内を満たしていた。
中を覗いた時、私は真っ先に座っている生徒の金髪が目にとまった。
夕日を浴びて、髪は金よりも白く輝いている。
来栖くんだ…。あの席、来栖くんの席だ。
予想外の人が残っていて、私は動揺してしまう。
クラスメイトの、来栖礼央くん。
誰が残っていても意外ではあるが、来栖くんは最上級に予想外だ。
なにせあの人はいろんな面で有名人だし――、
「ねえ、来栖くんてば。あたしの話、ちゃんと聞いてる?」
そこで、彼の前に立つもう1人の生徒が言った。
ウェーブのかかった栗色の髪の華奢な女の子。
あれってD組の…有須さんだったかな?
その苗字のごとく、「不思議の国のアリス」のアリスみたいに可愛くて、学校中のヤンキーたちにモテモテ。
学園物のラブコメ漫画によくいそうな子だよなぁ、というのは彼女を廊下で見かけた時に初めて抱いた私の率直な感想。
他クラスのはずの有須さんがなんでA組に…?
「明日の午後、一緒に映画行こ? ずっとスルーされてたけど、今回は絶対行くんだからね!」
………もしかしてこれ、”デート”の話?
反射的に、私はクラスの子たちが囁き合っていた噂を思い出した。
有須さんって、来栖くんのことが好きなんだっけ。「近々告るかもね」とかみんなが噂してたような…。
……え、ちょっと待って。じゃあまさかこの状況……!!
「映画のあとー、気になってるカフェあるの。そこにも行きたいしー、あとプリも撮りたいしー、お店もいろいろ来栖くんとまわりたいな~。そーだ! 来栖くんの家とか見てみたいっ! あっ、そういえば変な噂あったよね、お家がヤクザ?みたいな? あたし、そういうの平気なタイプだから気にしないで! 偏見とかないし!」
「……………」
来栖くんが、全く喋っていません。
完全に有須さんの一方通行だ。これじゃ会話というか有須さんの独り言になっちゃうよ。
健気にずっと話しかけてるけど、どうみても来栖くん、無視してるよね…?
聞こえないわけないし、教室に2人きりで他人事だと思うわけもない。
「ねえ。ねえってば! 来栖くん!」
―――無言。
「一言くらい話してくれてもいいじゃん、せっかく二人っきりなのに」
「…………」
来栖くんはぼーっと窓の外みてるだけ。
ほんとに喋らないんだ…来栖くんって。
いや、わかってはいた。来栖くんはそのことでとても有名だから。