「オイ、お前らマジうるせえんだけど」

「休み時間のたびに群がりやがって、他クラスがA組に入ってきてんじゃねえよ」


横脇から男の子たち数人の苛立った声がした。


あまりに毎回毎回騒がしくしたせいか、輪になって駄弁っていた彼らは鬱陶しそうに私たちを睨んでいる。


「あ、ごめんなさ―――」

「は? あんたたちには関係ないでしょ」

「うちらが用あるのは水樹ちゃんだけだし。男子は話しかけないでくんない」


私の言いかけた謝罪の言葉も虚しく、C組の女の子たちは負けじと鋭く彼らを見下してしまう。


そんなこと言っちゃ火に油を注ぐようなものだ。うう、見た目と違わず中身も気が強い子ばっかり…。


双方にピリッとした嫌な空気が流れる。


波乱の予感がして、私はハラハラして二組を交互にみる。


言われた彼らも黙って引き下がるような人たちではない。


「…ブスが、偉そうに」


ぼそりと毒を吐いた1人の言葉を、C組の子たちはしっかりと拾ってしまったらしく。


グループのうち一段と気の強そうな茶髪の女の子が彼らに詰め寄った。


「ちょっと、今なんて言った?」

「…クソブスがうるせーなって言ったんだよ」

「ブ…!? あんた、ふざけんじゃな―――」

「ちょ、まま待って待って! ストップ!」


肩を怒らせて掴みかかろうとした女の子に、私は慌てて立ち上がり二人の間に入った。


「あ、あの、喧嘩はやめようよ。ほら、もうすぐ授業始まっちゃうし! みんなそろそろクラスに戻ったほうがいいんじゃないかな!? 話ならまた聞くから、ね! そうしよう?」


女の子と男の子の喧嘩なんて見ていられない! どっちも妥協できるタイプには見えないし、一度勃発したら絶対すぐにはおさまらないよ!!


いきり立っている女の子に向けて私は必死にそういうと、彼女は時計を見てしぶしぶ納得するようにうなずいてくれた。


「……わかったよ」

「!」


よかった…!


「じゃあ次の休み時間また来るから、その時詳しく聞かせてね」

「ウッ…うん…」


まだ詳しく聞くことがあるのか…、と心の中で苦々しく思ってしまうが、私はなんとか笑顔を保って頷いた。


C組の子たちは手を振ってぞろぞろと教室をあとにしていく。1人は最後まで男の子の方に火花を散らせていたけど、他の子に宥められつつ出ていった。


ふう……、なんとか大惨事に発展せずに済んでよかった。喧嘩に発展させたら私ももう止める勇気がない。さっきの一言を言うだけで心臓ばくばくだ。


私は安堵の息をついてから、隣にいた男の子たちに向きなおる。


「あの…私がいるせいで、うるさくしてごめんなさい。今度から廊下に出るようにするから、今日のところはC組の子のことも許してあげてくれないかな…」


私が顔の前で両手を合わせる。


もともと私が周りに気を配らなくちゃいけなかった。この被害自体は理不尽だと思うけど、こうなっちゃった以上もう他人事じゃいられないもんね…。


怒られるかな、と内心びくびくしながら言ったのだけど、喧嘩相手だった男の子は戸惑ったように口をつぐんだ。


後ろにいた仲間の男の子たちも、私の言葉に意外そうに顔を見合わせる。


「…別に、お前が謝ることじゃねーし。なぁ?」

「あ、ああ。うるせぇのは大抵他の連中ばっかだったし」


後ろで口々にそう呟かれると、目の前の男の子も疲れたようにため息をついた。


「…まぁ、廊下に出るんなら…。けど、あんまうるさくすんなよな」

「! うん…! 気をつけます」


意外な反応だ。彼女たちへの怒りの矛先が私に向かうだろうと覚悟していただけに、なんだか肩の力が抜ける。


ヤンキーってだけで勝手に怖がってたけど、案外そんなことないのかもしれない。


私はほっとして、彼らに「ありがとう」とお礼を言った。緊張が解けて、自然と頰が緩む。


すると途端、目の前の男の子がぴたっと動きを止めて固まってしまう。


「……?」


あれ? なんか動かなくなっちゃったけど…。


固まった目の前の男の子の顔を見ていると、どういうわけかその顔がみるみるうちにりんごみたいに赤くなっていく。


「ええっ、あ、ど、どうかした!? 大丈夫?」


急に血糖値でも上がってしまったのか。それともやっぱり怒らせちゃった!?


助けを求めるように後ろの男の子たちを見る。がしかし、なぜか彼らも目の前の男の子同様、目を丸くして私の顔を見たまま動かなかった。


な、なんでみんなそんな目で私を見るの!? 私変なこと言ったかな。誠心誠意謝罪した以外は、えーと………。


「あ、あのさ―――」


真っ赤になって固まっていた男の子が、ふいに裏返った声で何か言いかけた。


と次の瞬間。


ガンッ!!


教室の後方で激しい物音がして、みんなの視線が一気にそちらへ向く。


私も音の方へ振り返ると、クラス中の視線は一点に集中していた。


来栖くんの座る席の方に。


見れば、彼の前の席の椅子が机に挟まれて倒れている。


もしかして今の音、来栖くんが椅子を倒した音?


いや、倒したっていうか、思いっきり蹴飛ばしたような激しい音だったような…。


ふとこちらの方に突き刺すような視線を感じる。


全身から漲る不機嫌オーラ。背後に悪魔的な何かを顕現させてしまいそうな、すごい形相。


一瞬私に向かって睨んでいるのかと思ったけど、背中の方で明らかに動揺した声が囁かれるのが聞こえた。


「うわ、やべぇ…っ、あいつこっちめっちゃ睨んでるって! 殺される」

「おい、ちょっと出ようぜ。居心地悪ぃ」 


バタバタと慌てたように教室を出て行ってしまった彼らを、私はポカン…と口を開けたまま見送った。


授業もう始まっちゃうと思うんだけど…。


私は来栖くんの方をもう一度振り返る。


彼は逃げていった男の子たちの背に、小さく舌打ちしていた。


ふいにその鋭い眼光と視線がかち合う。


何に怒っているのかわからなくてどぎまぎしながら固まっていると、ふいっと視線は逸らされ、もうこちらを見ようとしなかった。


クラス中、冷水でも浴びたみたいにしんとした空気が流れ、気まずい沈黙が続いた。


先生が入ってくるまでその静寂は続き、その間私は額に手を当て、がっくりと頭をもたげていた。


なんだか最近、頭痛がおさまらない……。