「んーー〜〜〜! 達成感っ!」


テスト初日、無事終了。


まだ1日目が終わっただけだけど、やっぱりやり終えたあとは気持ちがいい!


「蒼佳のことみてると、ここが普通の高校だって錯覚しそうになるよね」


両手をあげて伸びをする私に、振り向いた雅ちゃんが呆れ顔をした。


「どうして?」

「周り見なよ。そんな達成感に満ちた顔してんの、あんただけだから」


言われて私は周りを見ると、本当にその通りだった。


みなテストが終わった達成感というか、普通の授業をいつも通り終えた後の状態と同じで、誰も問題用紙を見返したり点数換算したりなんてしていない。


みんな晴れやかな顔してるけど、またほとんどの人が追試なんだろうなぁ…。


追試の問題の内容は、本テストよりもだいぶレベルが落ちたものがでるらしい。


私も雅ちゃんも追試を受けたことはないけど、クラスメイトに見せてもらったことがある。確かに高校生のテストにしては単純すぎる内容だった。「中1の宿題と同レベじゃん」と雅ちゃんは呆れかえっていた。


追試が本テストより楽なんじゃ全然意味がないじゃないか、と誰もが思うかもしれないが、追試でレベルを下げさせないと学年のほとんどが進級できない事態になってしまうんだろう。


追試で点を取れればとにかくはセーフということだ。


そんなまどろっこしいことをするくらいなら、本テストも追試のレベルで出した方が手っ取り早いんじゃ?と思うのだけど、一応学校側の体裁というものがあるみたいで、表面上は普通のテストをだして”あくまで一般的な高等学校だ”と周りを紛らわせているのだ。


とはいうものの、追試でさえ赤点は数名でる。また先生たちが採点しながら頭を抱えることになるんだろうと思うと、本当に気の毒以外に言葉が見つからない。


きっと鮫島先生も、自分のクラスの生徒たちの成績を他の先生から聞きながら、頭痛に呻きながら難儀するんだろうな。あの先生なら痛切のあまりに泣くかもしれない…。


私と雅ちゃんを除いて、みんな教室なんかに何の未練もないように我先に帰り始める。


私は今日も残って居残り勉強のつもりなので、バッグの中から参考書を取りだして開こうとした。


「―――そういえば、来栖、今日学校来なかったね」


雅ちゃんがバッグを肩に引っ掛けながら、後ろの席に目をやって言った。


私もつられるように後ろを向く。


いつもはあるはずのそこに、彼の姿はなかった。


そうなのだ。


実は今日は、朝から来栖くんは学校に来ていない。


「そうだね。どうしたんだろう…」


遅刻をしてくるのはよく見かけてた。でも一日欠席というのは珍しい。


「どうせサボりかなんかでしょ。成績とか気にしてなさそうだし、別にいいんじゃないの」

「うん…」


気にした感じもなく言う雅ちゃんに頷きつつ、私は昨日の様子を思い出してみた。


――――昨日。


まさかの一緒に勉強をするという可笑しなことになった昨日は、あれから、なんやかんやと2時間くらいは一緒にいたと思う。


勉強というか、私が問題を解いて来栖くんがその答え合わせをしてくれるっていう流れ作業をくり返していただけだったけど…。


1人でやっているときより寂しくなかったのは確かだけど、時々来栖くんの容赦ないダメ出しが飛んできて、とてもじゃないが和やかな時間とはいかなかった。


あの人の教え方に慈悲なんてものはカケラもない。世界史で私が苦手な箇所をしつこく「違う」「だめ」「もう一回」と指摘され、何回私は涙目でヒントを請うたことか! あれはもうほぼ一方的にイジメられていたようなもんだ。


ヒント無しで全問正解してやる!なんて意気込んだ気がするけれど、あれはひっそりとなかったことにしました。


あんなスパルタ教育みたいなやり方で、彼は共有していると本気で思い込んでいるみたいだったけど、あんなの私が理想としてた共有の仕方じゃなかったのに! 誤った認識のしかたを最後まで訂正する暇もなかった!


まあそのおかげというのが悔しいけれど、今日の世界史のテストはばっちりだった。


もしかしたら来栖くんは、雅ちゃんと同じとは言わずとも、かなり頭がいいかもしれない。


世界史の勉強中、あまりに来栖くんが厳しくするので、なんとか形勢逆転を狙いたくて私が何問か問題を出してみた。


そうしたら彼は事も無げにすらすら答えを当てていくじゃありませんか!!


世界史なんて興味がないって言ってたのに、どうしてそんなにできるの? と思わず聞いてみたら、「覚えたから」と当たり前のことを言われた。


それにしたって私が出した問題はテストの範囲外のものだったし、中学の歴史の授業でもちらっとしかやってないはずの部分だった。仕返しをしようと仕掛けたのに、あっけなく返り討ちにあい、とんだ恥さらしだ。


結局一方的に私がしごかれるだけの勉強会は、用があるからと言って途中で帰っていった来栖くんによって幕を閉じた。


今日学校に来てないのはサボりかもしれないけど、単純に体調を崩したという可能性もないとはいえないよなぁ。


昨日は具合が悪そうなそぶりはなかったけど、あの後帰ってから体調を崩しちゃったとしたら十分ありうる。


ま、まさか、私の勉強のできなさにストレスが溜まりすぎてそれで……ってそれはさすがにないよね?


私は世界史の問題用紙をファイルにとじながら、なんだかそわそわして落ち着かなかった。


私、今日ずっと落ち着きがない。やっぱり来栖くんが休みのせい…?


むにゅっ、と、突然細い指に頬をつままれた。


「そんなに心配?」


顔をあげると、雅ちゃんのきらりと光る眼光とかち合う。


「そ、そういうんじゃない…!」


私は目を泳がせながらそう言うと、雅ちゃんは途端に眉を上げてジトッと私を見下ろしてくる。


「フーン……。あっそう。じゃ、昨日は何があったわけ?」

「あ、あったっていうか、ちょっと話して一緒に勉強することになっただけで、一昨日と似たような感じだし特に――って、なんであったこと前提なの!?」

「勘だよ、ただの。来栖と一緒に勉強したって、それまじで?」

「う…ハイ…」


本当に鋭い子だな、雅ちゃんは。


ていうか昨日もあったよね、こんなこと。


「ムカつくこととか嫌なこと言われなかった? あいつ、言うこと全部鼻につきそうじゃん」

「だ…大丈夫。一人でやってるよりも楽しかったし、ウン」

「おい。いま自分に言い聞かせたよね」

「そんなことないです、断じて無い、うん」

「………」


疑わし気な視線が痛い。


はい、ちょっと御指導が辛辣なところありました。でもそれを言っちゃあ、雅ちゃんのお怒りがもろ来栖くんに降りかかることは想像できる。


思うに雅ちゃんと来栖くんはタイプが似ているようなところがある…気がするから、正面衝突したらきっと大変なことになる。雅ちゃん、男の子にも引けを取らないくらい血気盛んだし。


むやみな論争をおこさないためにも、ここは黙っておくのが得策だ。